「今までにしがみつくんじゃなくて、今までもすべて引き連れて、また新しい景色をみんなに見せたい」。10周年のアニバーサリーイヤーのラストを飾るビルボードライブ大阪(7月15日)のステージで、石崎ひゅーいさんは言った。観客一人ひとりの顔を見ながら、かみしめるように言葉を紡いでいく。「人生ってそんなに長くはないなと思っていて…みんなにこうやって会えるのって、あと何回なんだろうって。そう思うと、みんなともっといろんな景色を共有したい」と。フロアからは途中不安そうな声も漏れたが、それはとても頼もしくて心強い言葉だった。

この日は、ビルボードライブという場所に相応しい、Piano Quintet(ピアノクインテット)というスペシャル編成でライブが行われた。ひゅーいくんがアコースティックギターを持つと、山本健太さんのピアノの音に合わせて、“吉田宇宙ストリングス”の吉田宇宙さん(1stヴァイオリン)、名倉主さん(2ndヴァイオリン)、金子由衣さん(ヴィオラ)、村中俊之さん(チェロ)がそれぞれの音を出してチューニングをする、その緊張感のある光景に見入った。背筋が伸びるような緊張感とこれから始まる『キミがいるLIVE』の最終章に期待が高まる。

一瞬の静寂のあと鳴らされたのは、槇原敬之さんからの提供曲「邂逅」だった。(発売を控えた)10周年記念アルバム『宇宙百景』(7月26日発売)の収録曲で、あたたかみのあるメロディーとこれまでの自分を肯定してもらえたようなご褒美のような曲。〈どんな道も自分で選んで来た 想像さえもしなかった場所だけど ここは確かに僕の見たかった景色だ〉そっと背中を押してくれるようなストリングスのメロディーが清々しい。ひゅーいくんは敬愛する槇原さんから“宝物”を受け取って、カラダ中から喜びが溢れているように見えた。続けてアコギで語りかけるように歌い出したのは「虹」。やわらかい声に寄り添うようにピアノとストリングスのアンサンブルが彩りを重ねていく。美しい旋律が弧を描く虹のようだ。余韻に浸るなか、抒情的なピアノと憂いのあるチェロの響きで「ラストシーン」の世界へと誘われた。「虹」「ラストシーン」ともに菅田将暉さんへの提供曲で、セルフカバーを待ち望む声が多かった楽曲だ。ゆらゆらと漂うチェロの重厚なメロディーが「ラストシーン」の輪郭をより濃く縁取っていく。

 
 
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前作『ダイヤモンド』から1年半ぶりとなる待望のアルバム『宇宙百景』には、憧れの槇原さんをはじめとして、(ひゅーいくんが)何かあったら一番に相談するという尾崎世界観さん、師匠と仰ぐ長澤知之さんが楽曲提供という形で10周年に華を添えている。これまで多くのアーティストに楽曲提供をしているが、提供してもらうのは初めてなのだそう。情報解禁が待ちきれなくて、SNSでの槇原さんとのやりとりを“流出”させたり、白い紙にマッキー(マジック)で「邂逅」と書く動画をあげて“匂わせ”をしたりして、ファンの反応を楽しみにしていたが「誰も気づいてくれなかった」としょんぼりするひゅーいくんがおかしかった(きっと、みんな気づいていたけど自粛したのだと思う)。

また、仲のいいミュージシャンは年下が多い(尾崎さん、長澤さんは同じ1984年生まれだけれど学年としてはひゅーいくんが1つ上)けれど、なぜかみんなタメ口なんだよなとぼやき、会場から「菅田くんは?」と聞かれ、「タメ口!」と即答するシーンも(笑)。コミュニケーションを楽しみながら、連日の厳しい暑さに涼を届けようと「スノーマン」を情感豊かに歌い、アダルトなオーラを纏い艶やかに「パラサイト」で観客を魅了する。「ファンタジックレディオ」では観客に手を振ったり指を差したり。多幸感に満たされたまま「ダメ人間」(2nd Stage)へと続くと、吉田さんの軽快なヴァイオリンが会場をさらに盛り上げる。ストリングスならではのアレンジがスリリングで見事だった「ワスレガタキ」から「夜間飛行」(2nd Stage)「第三惑星交響曲」ではステージとフロアが渾然一体となって、幻想的な宇宙空間を体感した。ひゅーいくんは顔をほころばせて何度も「ありがとうー」と感謝を伝えた。「10周年、10周年って言い続けて1年半が経ちました(笑)。今日が最後だと思っています。ほんとに付き合ってくれてありがとうございます」。そう言うと会場から大きな拍手と「おめでとう!」の声が沸き起こる。

 
 

 
 

ライブも終盤を迎え、「もう少し歌っていいですか?」と控えめに言って「ピリオド」と告げると健太さんが緩やかに温もりのあるメロディーを鳴らしていく。〈あれは本当の恋だった まるで夢を見ているみたいだった〉過ぎ去った日々に留まり続ける感情と儚く舞い散る桜…情景が浮かんでくるようだ。両手でマイクスタンドを握りしめて、渾身の力で歌う姿に涙が溢れる。まさに“石崎ひゅーい”の真骨頂だった。時折、マイクスタンドに顔をうずめるような素振りにどきっとする。泣き顔にも笑い顔にもとれる、その表情に心が締め付けられた。そして余韻を引きずったままのフロアにそっと「花瓶の花」が届けられる。「よかったらキミの声を聴かせてください」と、歌の部分を観客に託した。ひゅーいくんはフレーズごとに歌詞を早口で伝え、マイクをフロアに向ける。フロアを包み込む観客のやさしい声…それはとても美しいシンガロングだった。

おそらくみんな涙を流していたのではないだろうか。これまで何十回も何百回も聴いていた大切なこの曲に込められた思いが胸に迫ってきたから。また、私たちが歌う姿を、目を潤ませながら見守ってくれている顔を見たからかもしれない。やっとほんの少しだけ、お返しができたような気がした。そして、みんな思ったに違いない。ひゅーいくんに出会えてよかったと。ひゅーいくんは何度も「ありがとうー!」と言って拍手をし、みんなで拍手を送り合うあたたかい光景がみられた。そうして、ラストは「宇宙百景」で締めくくられた。新しいアルバムの表題曲であり「みんなに伝えたいことを詰め込んだ」という初披露のこの曲を、ひゅーいくんは真摯に丁寧に届けていく。〈この物語が終わらないように 押し花の栞挟んで〉〈それでいいよと笑いながら受け取っておくれ そして会いに行くよ〉どの言葉からも飾らない人柄がうかがえる。いくつもの奇跡のような巡り合わせがこの場所につながっていることに感謝せずにはいられない、お守りのような曲。ひゅーいくんのあたたかさに包まれて10周年のアニバーサリーイヤーは幕を下ろした。

思えば、2022年から今日に至るまでの1年半、弾き語りやバンド編成、カバーライブなどさまざま趣向を凝らして私たちを楽しませてくれた。また、親交のあるミュージシャンとのコラボはふだんのひゅーいくんを垣間見ることができた貴重な時間だった。たとえば「10th Anniversary LIVE 『、』(てん)」(2022年7月25日)ではサプライズで菅田将暉さんが登場。2人の間に流れる穏やかな空気に同志のようだと感じた。「時間は大丈夫?」と菅田くんを気遣うやさしいひゅーいくんと、「楽しんで!」と颯爽とステージを去っていく菅田くんが素敵だった。会場ごとにゲストを迎えた東名阪ツアー「10th Anniversary LIVE 『、&』(てんあんど)」の名古屋(10月5日)では、尾崎世界観さんの前でなぜか弟感を醸し出すひゅーいくんがおかしくて、逆に尾崎さんは兄のように「これからもひゅーいをよろしくお願いします」と言ってくれたことに感動した。大阪(10月6日)では、終始小声の崎山蒼志くんが可愛くて仕方がないひゅーいくんは「(新曲)いい曲だね。僕にくれない?」と崎山くんを困らせてみたり(笑)、東京(10月13日)では、ひゅーいくんのプチ追っかけだったというあいみょんの愛のあるトークに照れて、喉を鳴らしたりとぼけてみたり。ドラマの役柄(「ジャパニーズスタイル」凛吾郎役で出演)が抜けないと言って、ややキャラ崩壊のひゅーいくんにあいみょんの絶妙なツッコミが最高で、彼らとのやり取りのなかでひゅーいくんがどれほど愛されているかがうかがえた。また、私立恵比寿中学との2マンライブでは安本彩花さんがひゅーい愛を語ってくれたり、ずっと似てると話題になっていた千鳥のノブさんとの共演も実現したり。さまざまなシーンがとめどなく浮かんでくる。すべての記憶が宝物だ。ひゅーいくん、限りない感動とときめきをありがとう。

現在は、『宇宙百景』のフリーライブ(リリースイベント)ツアー中のひゅーいくん。9月の北海道と大阪を残すのみだが、CDを購入すると直接サインをしてくれる特典付きなので、お近くの方はぜひ。さて、デビュー11周年には何が待っているのだろう。もしかしたら、いよいよ“あの場所”のライブが実現するのではないだろうか。密かに楽しみにしている。

 
 

 
 
 
 
 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日はXIIXのツアー「2&5」へ。前半は斎藤宏介さん(Vo./Gt.)と須藤優さん(Ba.)、2人だけのステージ。須藤さんはさらりとアコギやピアノを弾いたり斎藤さんはプチトラブルをも味方にしてルーパーを駆使し会場との一体感を楽しんだり。バンドメンバーも加わった後半は加速度を増してダイナミックで疾走感のあるプレイで会場を魅了。「XIIX」の世界観はもちろん、華のある2人の無敵ぶりを堪能しました。
 
 
 
 

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第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”