気がつけば秋の気配を感じるようになりました。今年もすでに後半ですね。去り行く夏を惜しみながら、今回は、高橋一生さんの一人芝居、パルコ・プロデュース2022『2020(ニーゼロ ニーゼロ)』(8月11日京都劇場/8月21日森ノ宮ピロティホール)の観劇レポをお届けします。

自分の呼吸が聞こえてしまうのではないかと思うほどしんと静まりかえった会場に、白いシャツ、黒いパンツスタイルでマスクを着用した一生さんが、一番後ろの扉から、または中ほどの扉から(公演ごとに違っていたのだそう)そっと入ってくる。暗転した会場の通路を時折立ち止まったり最前列の空席に座ったりしながら、観客席をゆっくりとなぞるように、白い立方体のブロックが積み上げられたステージへと上がっていく。

芥川賞作家の上田岳弘さんが書き下ろし、白井晃さんが構成・演出を手掛けた『2020』。親交の深い3人が長年温めた企画が満を持して放たれた作品で、1か月という稽古の半分は3人の会議だったという。その話を聞いただけで、この『2020』への想いの強さと熱量のすごさ、またどれほど丁寧につくられたかをうかがい知ることができるのではないだろうか。難解だといわれる上田さんの戯曲のその奥にある無数の可能性ときらめきを白井さんが拾い集め、一生さんが具現化する。熱い想いのバトンが確かに繋がれている瞬間を目の当たりにしたすさまじい作品だった。

 
 
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「沈黙は金、雄弁は銀。そんな言葉をご存じですか」と、マスクを外し艶やかな声で会場に投げかけるのは、一生さんが演じるGenius lul-lul(以下、GL)。時は、2730年。「2020年」から710年もの間、沈黙を貫いてきた。最後まで生き残ったGLという人物は、古代から何度も生まれ直しているのだという。「こうして沈黙が破られた以上、べらべらしゃべり続けなければいけない。そして、あなたたちにはこの雄弁に付き合ってもらわなければいけない」と続ける。タブレットを手に「2020年、ここから始めよう」。白いブロックで構成された巨大なスクリーンに、さまざまな映像が映し出されていく。芝居というよりもまるでプレゼンテーションが始まるようだ。

GLが語る最も古い記憶は、紀元前10万年の「クロマニョン人」だったころ。“ラガンバ”という動物の肉を食らうGL。…が、何かに火が燃え移り「ヤダヤダ!」と慌てる姿に思わず「?」。「あ、メスだったんです、ごめんなさい」という言葉に会場中が笑い、和やかなムードに包まれた。それまで、何だか難しそうな内容だなと少し緊張気味だったが、例のドラマの「からあげにレモン」のくだりなども盛り込まれ、一気に肩の力が抜けたような気がした。そのあとの記憶は、第二次世界大戦中の「陸軍参謀」「赤ちゃん工場の工場主」、そしてはるか遠い未来「太陽の錬金術師」などだったが、ワイルドな原始人ヘアや金髪のマッシュルームヘアなどの被り物、奇抜な衣装に身を包んだGLが現れるたびに笑いが漏れる。一生さんは真面目にまたはコミカルにそれらの人物を(時にはゴリラも)演じ分け、飄々とした表情で観客の反応を確かめていた。「みなさん、どうですか?」と声をかけたり(もちろん、私たちは声を出せないので「あっ、無視?」なんてひとりツッコミも!)、悪態をついたり挑発したり。セリフを発したあとの一生さんの表情、間合いが絶妙だった。過去と未来を行き来するように、ステージを縦横無尽に行ったり来たり、白いブロックにのぼったりダイブしたりしながら自身の記憶を手繰り寄せ、これまで犯してきた過ちを語っていく。

そして、沈黙を強いられ、人々のつながりが分断された2020年、運命の分岐点に思いを馳せる。マスクで豊かな個性を覆い隠し、無表情でひとかたまりの「肉の海」のようになってしまったことを嘆き、これからどう生きるべきなのかを私たち一人ひとりに問う。最初にステージに積み上げられていた白いブロック(「これ」と呼ばれていた)は、崩されたり、また積み上げられたりしてさまざまな様相を呈していた。肉の海へと人類を導いた「これ」、ゴリラと人を分かつのは「これ」を作るかどうか、塔の材料としての「これ」…。「これ」について最後まで明かされることはなかったが、「言葉」「コミュニケーション」などを表しているのだろうか。まさに「バベルの塔」なのかもしれない。

今回、一生さんの歌やダンスシーンも見どころのひとつだった。そのダンスシーンから登場したダンサーの橋本ロマンスさん。ほぼ途切れることのないGLの言動に思考を総動員させていた私にとって、ロマンスさんの力強いコンテンポラリーダンス、さりげない佇まいと美しい立ち振る舞いは、間違いなくオアシスだった。そして、何といっても約3万字、原稿用紙100枚という莫大な台詞を手中に収めた一生さんの芝居はほんとうに素晴らしかった。80分間の半端ない運動量は体力、気力、そして知力が問われるフルマラソン、またはトライアスロンを見ているようだったし、類稀な身体能力にも魅せられた。スクリーンのブロックにボルダリングのようによじのぼる一生さんの姿に惚れ惚れしたのは私だけではないだろう。額に汗を光らせながら、淀みなく物語を進めていく一生さんは神がかっていた。これまでの豊富なキャリアが全身から溢れ出ていて、ハプニングもまるで演出であるかのように味方につける。一生さんの人間力、表現力でなければ成し得なかったのではないかと思えるほどの傑作だった。


自分はマスの側ではなく、少数派であることはずっと意識してきました。この作品も、一人一人全く違う反応になっていいと思います。胸が熱くなるお客さんの隣で、頭に疑問符が浮かぶ人がいてもいい。僕は舞台から客席の様子をしっかり見ておくつもりでいます」(ananwebより)


開幕前にそう語っていた一生さん。大阪の大千穐楽でカーテンコール終了後、公演の終了を告げるアナウンスに何度も促されながらも鳴り止まなかった拍手が、一生さんに届いていただろうか。この壮大な『2020』の全貌については、きっとまだまだたどり着いていないこと、気づいていないことが多々あると思っている。頭に浮かぶ疑問符ももしかしたら彼らの想定内なのかもしれない。余韻を楽しみながら、『2020』のキャラクターが嬉々としている上田さんの作品たちを紐解いてみたい。

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto● 京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日、「FM802弾き語り部」姫路特別公演に行ってきました。ホリエアツシさん、石崎ひゅーいさん…全7人のみなさんの弾き語り。とっても素敵でずっと聴いていたいと思うほど、贅沢で幸せな時間でした。なかでも今回初めてライブを観た川崎鷹也さん。お人柄が見えるようなMCがとても魅力的で「嫌なことやつらいことがあったとき、音楽に逃げてきてほしい」という言葉にぐっときてしまいました。歌のパワーに背中を押されたのはもちろんのこと、これからも大注目です。
 
 
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
第65回「渾身の力で“天”に届けられたメロディー。石崎ひゅーい “10th Anniversary LIVE 『、』(てん)”」
第64回「能楽の舞台に舞い降りたポップスター! アニメーション映画『犬王』を鑑賞して」
第63回「MANNISH BOYS-Anniversary LIVE TOUR 2022 GO! GO! MANNISH BOYS! 叫び足りないロクデナシ- 」
第62回「10年分の想いを花束にして。石崎ひゅーい Tour 2022“ダイヤモンド”」
第61回「すべてを愛せるツアーに。中村 中さん『15TH ANNIVERSARY TOUR-新世界-』」
第60回「戻らないからこそ愛おしい。映画『ちょっと思い出しただけ』を鑑賞して」
第59回「ジギー誕生50年!今なお瑞々しさと異彩を放ち続けるデヴィッド・ボウイのドキュメンタリー映画『ジギー・スターダスト』」
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第57回「中村倫也さんと向井理さんの華麗なる競演! 劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』」
第56回「斉藤和義が最強のバンドメンバーと魅せた“202020&55 STONES”ツアーファイナル」
第55回「飄々と颯爽と我が道をゆく。GRAPEVINE “tour 2021 Extra Show”」
第54回「こういうときだからこそ豊かな未来を歌う。吉井和哉さん “UTANOVA Billboard”」
第53回「高橋一生さんの覚悟と揺るぎない力を放つ真の言葉。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』観劇レポート」
第52回「観るものに問いかける『未練の幽霊と怪物 ー「挫波」「敦賀」ー』」
第51回「明日の原動力になる『パリでメシを食う。』ブックレビュー」
第50回「こんな時代だからこそのサプライズ。優しさに包まれる藤井フミヤさんコンサートツアー“ACTION”」
第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
第48回「全身全霊で想いを届ける。石崎ひゅーい“世界中が敵だらけの今夜に −リターンマッチ−”」
第47回「西川美和監督の新作『すばらしき世界』公開によせて」
第46回「森山未來が魅せる、男たちの死闘『アンダードッグ』」
第45回「チバユウスケに、The Birthdayの揺るぎないバンド力に魅せられた夜 “GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR”」
第44回「ありがとうを伝えたくなる映画『461個のおべんとう』」
第43回「京都の空を彩る極上のハーモニー。パーマネンツ(田中和将&高野勲 from GRAPEVINE)with 光村龍哉さん『聴志動感』~奏の森の音雫~」
第42回「清原果耶さんの聡明さに包まれる映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』」
第41回「YO-KINGのはしゃぎっぷりがたまらない! 真心ブラザーズ生配信ライブ“Cheer up! 001”」
第40回「ギターで感情を表す本能のギタリスト~アベフトシさんを偲んで」
第39回「真心ブラザーズ・桜井秀俊さんのごきげんなギターと乾杯祭り! 楽しすぎるインスタライブ」
第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”