4月になり初夏を思わせる陽気が続いていますね。少しずつですが街にはにぎわいが戻ってきて、晴れやかな光景にほっとしています。私はといえば、2月からはじめた校閲の仕事にもようやく慣れ、言葉に向き合うことの面白さ、奥深さ、そして難しさに発見と勉強の毎日です。そして、2017年にスタートしたこの連載も6年目に入りました。いつも読んでいただいてありがとうございます。ここ数年、自分にとっての大切なものがより明確になってきたような気がしていて、間違いなくここは大切な場所のひとつです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回は4月2日(東京・日本橋三井ホール)、そして9日(梅田TRAD)に開催された中村 中(なかむら あたる)さんのバンドライブ「15TH ANNIVERSARY TOUR-新世界-」のようすをお届けします。

開演直前のSE「新世界」に気持ちが昂るなか暗転したステージに、白のワンピースにゴールドの装飾をあしらった黒のベストを重ねた中さんが登場。アコースティックギターで堰を切るように歌い始めたのは「戦争を知らない僕らの戦争」だった。静寂のフロアに中さんの歌声とギターだけ。現在深刻な状況にある戦争といじめによる攻撃を受け続ける主人公の叫びを語りかけるように、また感情を露わにして訴える。その痛烈な魂の叫びに衝撃を受けた。凄いことが始まると、瞬間で感じさせられるオープニングだった。高めの位置でハーフアップにしたロングヘアを揺らし全身全霊で歌い切った中さんは、鳴りやまない拍手に大きくうなづきながら、ようやく笑顔を見せて「一杯の焼酎」を。これは映画『パラサイト 半地下の家族』のエンディング曲で、中さん自ら「ぜひ日本語で歌わせてほしい」とアプローチをしてカバーが実現したのだそう。〈今 僕は 街に歌が溢れる その日を待つ〉という歌詞にぐっとくる。中さんとともに私たちも祈りを込めて未来を願った。

 
 
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ステージに信頼を寄せる強力なバンドメンバー、真壁陽平さん(Gt.)、大坂孝之介さん(Key.)、根岸孝旨さん(ba.)、平里修一さん(dr.)が登場すると、中さんは彼らを紹介するように大きく手を広げ、やわらかい表情を見せた。心を許したメンバーたちが、中さんを支え盛り上げる。「駆け足の生き様」「ここにいるよ」「閃光花火」などの曲たちがこのツアーのための新たなアレンジで披露されていく。中さんは曲ごとに、その曲の世界観に合わせて、手招きをして会場を挑発したりダンスをしたり、妖艶に清楚に豊かな表現力でフロアを魅了していく。グリーンのスパンコールで覆われたアーティスティックなショートブーツにも目を奪われた。

「感謝の気持ちを込めて、15年を振り返りつつ、すべてを愛せるようなツアーにしたい」と話してくれた中さん。一人だといろいろな想いが美化してしまうからと、生き証人であるバンドメンバー、一人ひとりと歴史を振り返った。中さんから、ほぼ自由にギターを弾いてもらっていると紹介された真壁さんが「自由だったかどうかはわからないですけど」と笑顔で言って笑いを誘うと、すかさず中さんが「今笑った人、誰?」とフロアをつっこむシーンも。あるアルバムのレコーディングでは(中さんと)険悪なムードになった真壁さんが怒りながら放ったフレーズが凄まじかったのだそう(おかげでとてもいいテイクが録れたのだと)。

根岸さんからは「ドラムもピアノもできるのだから、できることは何でもやったほうがいい」とのアドバイスを受け、自分で演奏することの楽しさを教わったのだと話し、平里さんからはどんなときでも腹を割ってしっかりと向き合えばわかりあえるという成功体験を得たのだと感謝を伝えた。最後に紹介されたのは、デビュー当時からの付き合いだという大坂さん。メンバー中唯一、険悪なムードになったことがない人なのだそう。思い出を語りながら、中さんが投げた質問にメンバーが答えようとすると「時間が来た」と切り上げるコントのようなパターンで進んでいたのだが、なぜか大坂さんにはたっぷり時間をとっているというオチ! 自分もあっさり切り上げられると思っていた大坂さんの、本気の「えー!?」は最高で、バンドメンバーのみなさんと中さんとの関係性のよさがうかがえる、レアで楽しいシーンだった。

 
 
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今回のツアーの前に少しの間休養をとっていた中さん。私は、もしかしたらこの日が延期になるかもしれないと思っていた。しかし、中さんはこの日を目標にして、体調を心を整えたのだろう。ツアーの初日、そんな経緯も含めて無償の愛を送り続ける大勢のファンを前にした中さんはまっすぐ前を見据えたまま、何かを伝えようとするが言葉にならなかった。ただただ、涙があふれていく。こらえようと、笑顔を見せようとしながらも涙で歪んでいく中さんの、苦しかった胸のうちが不意にさらけ出されたのを目の当たりにして、誰からともなく拍手が湧き起こった。「いいんだよ、そのままで」「いつだって私たちは中ちゃんの味方だよ」というみんなの心の声が聞こえてくるような、あたたかい拍手が中さんと会場を包み込んだ。うなずき、大きく深呼吸をしながら、意を決したように中さんはゆっくりと話し出した。デビューする条件として、大人たちからセクシュアリティーの公表を迫られたことを。

いつも正直に嘘偽りのない姿でファンと向き合おうとしてくれる中さん。あふれだす想いを丁寧に伝えようとしてくれる。ぴったり合う言葉を探しながら、齟齬のないよう言葉を尽くす。私はいつも、そんなことまで言わなくていいよと思っていた。でも、想いを外に取り出すことで冷静になれるのだと聞いて少し安心した。そして、少しでも多くの人に聴いてもらえるのならと、こんなことでひるむような弱い人間だと思われたくないと公表を止むなく受け入れた当時の自分を振り返り、今ならかけ違えたボタンも直せるんじゃないかと「ずっとずっと好きになれなかった曲」だったと言って「友達の歌」を歌った。これまで「自分を知ってもらえるきっかけになった大切な曲」だと言って、どんなときも必ず歌ってくれていた曲。どれほどつらかっただろうかとショックが隠せなかったけれど、今、ようやく自分のためにこの曲を取り戻せると、そして「一緒に旅をしているような、一緒に戦っているような」ファンが待つこの場所に戻ってくることができてよかったと笑顔で話してくれた中さん。思わず抱きしめたくなったのはきっと私だけではないだろう。

魂の浄化のような尊い時間を経て、お互いの心の距離がぐっと縮まったような気がした。「裏通りの恋人たち」からの「今夜はブギー・バック(小沢健二 feat.スチャダラパー)」ではステージを右に左に、手を上げながら「一人になるな」と力強く歌い、ロック色の強い「旅人だもの」では赤のグラデーションの縦ロールを激しく揺らしてシャウトする。フロアも手を上げて応え、まさに一体感に満ちていた。そうして、深く呼吸を整えて「死ぬなよ、友よ」を届ける姿は凛としていて、神々しいほど美しかった。

今のご時世「残業」コール(アンコールのこと)は封印だけど、アンコールに応えてくれた中さん。ドラムの平里さんから順番に音を重ねていく「未練通り」は恒例の振りで盛り上がり、続く「愛されたい」は中さんのたおやかな歌声と間奏のギターの浮遊感が圧巻! まるで宇宙のようなスケールだった。そしてラストを飾るのは、現代の闇に声を上げられない人たちへ寄り添う新曲「あいつはいつかのあなたかもしれない」。世の中で起こっていること、どんな小さな声であっても見過ごさない中さんのまっすぐな生き様を見たような気がした。中さんは言う。「歌が自分を解放してくれる」と。そして目の前にいるファンの顔を一人ひとり見渡しながら、「聴いてくれる人を信じて、言葉を尽くして、歌い続けたい」と語ってくれた言葉は、何ものにも代えがたい「宝物」だと思う。

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。突然ですが、みなさんはトリートメントを流し忘れてしまうことってありませんか。トリートメントが浸透するまで、湯船に浸かって待ち…その後髪を乾かしていると、なんか髪がいつもと違う。表面が固まってまるでカツラ(笑)。そこではじめて洗い流していないことに気づくということが年に数回。今のところ、誰も共感してくれないのです。。。
 
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
第60回「戻らないからこそ愛おしい。映画『ちょっと思い出しただけ』を鑑賞して」
第59回「ジギー誕生50年!今なお瑞々しさと異彩を放ち続けるデヴィッド・ボウイのドキュメンタリー映画『ジギー・スターダスト』」
第58回「2年ぶりの想いが溢れたバンド編成ライブ! 石崎ひゅーい 「Tour 2021『from the BLACKSTAR-Band Set-』」
第57回「中村倫也さんと向井理さんの華麗なる競演! 劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』」
第56回「斉藤和義が最強のバンドメンバーと魅せた“202020&55 STONES”ツアーファイナル」
第55回「飄々と颯爽と我が道をゆく。GRAPEVINE “tour 2021 Extra Show”」
第54回「こういうときだからこそ豊かな未来を歌う。吉井和哉さん “UTANOVA Billboard”」
第53回「高橋一生さんの覚悟と揺るぎない力を放つ真の言葉。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』観劇レポート」
第52回「観るものに問いかける『未練の幽霊と怪物 ー「挫波」「敦賀」ー』」
第51回「明日の原動力になる『パリでメシを食う。』ブックレビュー」
第50回「こんな時代だからこそのサプライズ。優しさに包まれる藤井フミヤさんコンサートツアー“ACTION”」
第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
第48回「全身全霊で想いを届ける。石崎ひゅーい“世界中が敵だらけの今夜に −リターンマッチ−”」
第47回「西川美和監督の新作『すばらしき世界』公開によせて」
第46回「森山未來が魅せる、男たちの死闘『アンダードッグ』」
第45回「チバユウスケに、The Birthdayの揺るぎないバンド力に魅せられた夜 “GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR”」
第44回「ありがとうを伝えたくなる映画『461個のおべんとう』」
第43回「京都の空を彩る極上のハーモニー。パーマネンツ(田中和将&高野勲 from GRAPEVINE)with 光村龍哉さん『聴志動感』~奏の森の音雫~」
第42回「清原果耶さんの聡明さに包まれる映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』」
第41回「YO-KINGのはしゃぎっぷりがたまらない! 真心ブラザーズ生配信ライブ“Cheer up! 001”」
第40回「ギターで感情を表す本能のギタリスト~アベフトシさんを偲んで」
第39回「真心ブラザーズ・桜井秀俊さんのごきげんなギターと乾杯祭り! 楽しすぎるインスタライブ」
第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”