「天分」をこれほどまでに与えられた人がいるだろうか。それは恵まれた容姿だけでなく、言葉を一言も発することがなくても、そこにいるだけで周囲の人の視線を独り占めする人。ROCK STARというにふさわしい、THE YELLOW MONKEYのフロントマン、“吉井和哉” さんはそんな稀有な人だと思う。ただ、そこにいるだけで、美しく神々しい。きっと、鮮やかな色彩に包まれた、波乱万丈であり、百戦錬磨の豊かな人生が香り立つからだろう。そんな、吉井さんから放たれる音楽は、すべてを見通しているような包容力に満ちていた。


コロナ禍において人と密着すること、密接する時間を奪われた今「こういうときだからこそできること」として、昨年7月から吉井さんが行ってきた弾き語りツアー「UTANOVA」。今回は、横浜、大阪、東京のビルボードライブで行われた特別編成の「UTANOVA Billboard」大阪初日(8月29日1st&2nd STAGE)の様子をレポートします。

 
 
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レストラン仕様の客席の正面にブルーにライトアップされたステージ。黒のデニムのセットアップで、少し照れくさそうにステージに上がり、両手を広げる吉井さんに観客たちは大きな拍手で迎えた。声が出せない昨今だが、まるで大歓声が聞こえてくるようだった。アリーナクラスでしか見たことがない吉井さんが、今、目の前にいる。まさか、こんな至近距離で観ることができるなんて…。そんな観客の心の声が、漏れ聞こえてくるようだ。ステージには、現在、斉藤和義さんのツアーに帯同中の真壁陽平さん(Gt.)、吉井さんやTHE YELLOW MONKEYのライブでおなじみの鶴谷崇さん(pf.)の二人が、センターに座る吉井さんを見つめ、Goサインを待っている。そうして静かに始まったのが「20 GO」。渋めの立ち上がり、呼吸を整えるように、そして<NOBODY’S O.K.?>と会場の空気を確かめるように、着実にリズムを刻んでいく。1曲終えて、3人はアイコンタクトをして微笑み、続いて真壁さんが「VS」を鳴らし始める。観客から自然に湧き上がった手拍子に、思わず吉井さんに笑顔がこぼれた。お互いの緊張が解けていくのがわかる、座っていながらも心と身体は踊り、すっかりリラックスムードだ。吉井さんの、声量と目ヂカラ、そして底知れぬ包容力に包まれた魅惑的な空間だった。ステージから優しい表情を浮かべる吉井さんに見惚れながら、観客は歓喜の連続だったのではないだろうか。


「聖なる海とサンシャイン」や「ピリオドの雨」といったTHE YELLOW MONKEYの名曲を、アコースティックギターで情感豊かに歌い上げたり、ピアノでしっとりと聴かせたり。オリジナルとはまた違った味わいで、演者の息づかい、長い手足でリズムをとる音、ギターの弦を爪弾く音がダイレクトに聞こえてくるのも「UTAVOVA」の醍醐味。また、影響を受けたというデヴィッド・ボウイの「Life On Mars?」(英語の歌詞をガン見しながら歌うので、目を閉じて聴いてくださいと言って笑わせてくれた)、KinKi Kidsへの提供曲「薔薇と太陽」など、ここでしか聴けない豪華なラインナップ。吉井さんのボーカリストとしての圧倒的な存在感に完全に惹き込まれていた。


また、今回あらためて、吉井さんのトーク力、話術にも魅了された(吉井さんには大阪の血が流れているのだとか。父方のおじいちゃんの本籍地は梅田のど真ん中だったそう)。吉井さんが、先日、テレビで大笑いしたという吉本新喜劇の話題で盛り上がったのも大阪ならでは。「マンマミーア!って叫ぶのが面白かった!誰のネタ?調べても出てこないんだけど」と言って、答えたくても答えられない観客のもどかしさを察した吉井さんは「誰かあとでつぶやいて!エゴサするから(笑)」。笑いが起こるたびに嬉しそうな吉井さんの顔が今でも忘れられない。


実はこの日、背すじがヒヤリとするハプニングがあった。途中、吉井さんに引き寄せられるようにステージに上がってしまった人がいたのだ。それは決して許されることではない、マナー違反。吉井さんは何事もなかったかのように最後まで歌い終わり、係員に連れ去られるのを確認して真壁さんと顔を見合わせて苦笑い。そして、その後ろ姿に投げキッスをしたあと「これも俺の魅力かなぁ。だからメイクするの嫌なんだよー」「コード一つ間違えちゃったよ!」なんて笑って、ざわつく会場を和ませて笑いにかえた。その対応がさすがで、吉井さんの尋常ではない経験値とスケールの大きさに感動! でもきっと恐怖だっただろう。何事もなくて本当によかった。

 
 

 
 

後半は畳みかけるようにアコギで始まった「ビルマニア」。真壁さんが和義さんから借りてきたというギター(J-45)は、アグレッシブでスピード感のあるこの楽曲をさらなる高みへと昇華させる、勢いのある突き抜けた音だった。軽快でダイナミックなピアノとの見事なバランスで、曲間に吉井さんが「マンマミーア!」とゴキゲンに叫びぶシーンも。そして、情熱的でまるでフラメンコのギターのような、吉井さんと真壁さんのギターが共鳴し合う「血潮」。ノスタルジックなピアノのハーモニーが美しかった。


ステージにはたった3人しかいないが、鶴谷さんと真壁さんは一人で何役も担っていた。吉井さんにとっても、心強かったことだろう。トレードマークの黒のセットアップは、同じものが何着もあり、それを着まわしているのだと吉井さんから暴露されながら、静かに微笑む鶴谷さんは、もっとロッカー然とした人かと思っていたが、貴公子と呼びたくなるほど穏やかで品のある佇まい。もっと観たいと思うほど素敵だった。和義さんから「借りてきた」真壁さんは、瞬時に音にダイブして枠にとらわれない美しいメロディーを世に放つ。さまざまな角度から繊細かつ大胆にアプローチを試みる、真壁さんの鳴らすフレーズはまるで奇跡だ。今、最も目が離せない、未来を切り拓くギタリストだと思っている。


吉井さんは「楽しい!あぁ、楽しい」と笑顔を見せて、何度も未来を口にした。新曲「みらいのうた」は、今回は「まだうろ覚えなので」とお披露目は叶わなかったが、いろいろな想いや毒素をあえて胸にしまって、自分のカラダから素直に出てきた言葉なのだという。今回のセットリストは昼の部(1st STAGE)と夜の部(2nd STAGE)でアンコールだけが違っていて、昼の部は未来を夢見ていた「雨雲」、夜の部は30代後半、未来を必死で探していたころに作った「MY FOOLISH HEART」を祈りを捧げるように厳かに歌い上げた。吉井さんが、この曲をラストで歌うことへの想いと必然性。そして、この状況のなか、不安を抱きながらもここに集まった観客の顔を一人ひとり見ながらこう言ってくれた。「命がけで観に来てくれてありがとう」と。


約30年前、バンドのボーカリストが脱退したことで急遽歌うことになった吉井さん。「ボーカルが見つかんなくてよかった」と微笑んだその顔は清々しくて眩しかった。蓄積された過去の上に、今がある。そして、それらは吉井さんを鼓舞しながら、しなやかで豊かな未来につながっていくのだろう。大阪での1日目のステージを終えた吉井さんに安堵の表情が浮かび、屈託のない笑顔に変わった。この「UTANOVA Billboard」のために、THE YELLOW MONKEYのアニー(Dr.)に借りてきた椅子を嬉しそうに高々と掲げる。ソロで活動していても、彼らの姿が見え隠れしている。彼らの存在こそが、吉井さんを無敵にしているのだと思う。

 
 

 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。9月に入ったとたん、すっかり秋の空気が漂ってきました。少し前から、周りの女性がほぼショートカットだということに気がつきました。今、空前のショートカットブームなのだそうです。そういえば、石原さとみさんも短くされましたよね。私は昔、ピーナッツみたいになってしまった黒歴史がありショートは封印していますが、久々にボブから攻めてみようかなと思案中です。
 
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
第53回「高橋一生さんの覚悟と揺るぎない力を放つ真の言葉。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』観劇レポート」
第52回「観るものに問いかける『未練の幽霊と怪物 ー「挫波」「敦賀」ー』」
第51回「明日の原動力になる『パリでメシを食う。』ブックレビュー」
第50回「こんな時代だからこそのサプライズ。優しさに包まれる藤井フミヤさんコンサートツアー“ACTION”」
第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
第48回「全身全霊で想いを届ける。石崎ひゅーい“世界中が敵だらけの今夜に −リターンマッチ−”」
第47回「西川美和監督の新作『すばらしき世界』公開によせて」
第46回「森山未來が魅せる、男たちの死闘『アンダードッグ』」
第45回「チバユウスケに、The Birthdayの揺るぎないバンド力に魅せられた夜 “GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR”」
第44回「ありがとうを伝えたくなる映画『461個のおべんとう』」
第43回「京都の空を彩る極上のハーモニー。パーマネンツ(田中和将&高野勲 from GRAPEVINE)with 光村龍哉さん『聴志動感』~奏の森の音雫~」
第42回「清原果耶さんの聡明さに包まれる映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』」
第41回「YO-KINGのはしゃぎっぷりがたまらない! 真心ブラザーズ生配信ライブ“Cheer up! 001”」
第40回「ギターで感情を表す本能のギタリスト~アベフトシさんを偲んで」
第39回「真心ブラザーズ・桜井秀俊さんのごきげんなギターと乾杯祭り! 楽しすぎるインスタライブ」
第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”