8月も半ばになりパラリンピックの開幕を控えた現在、多くの熱戦に沸いた東京オリンピックの開会式では、森山未來さんの突然の登場に驚かされました。先日まで行われていた舞台『未練の幽霊と怪物ー「挫波」「敦賀」ー』の舞がここにつながっていたとは。コロナ、震災によって、またミュンヘン五輪で犠牲になったイスラエル選手たち…命を落とされたすべての方への追悼を込めた鎮魂の舞。イスラエルにダンス留学していた経験を持つ未來さんがこの舞台に立つことは必然だったのかもしれない。哀しみに寄り添いながらも、力強く美しい舞に惹き込まれました。オリンピックの開会式という舞台で、世界中の人に”森山未來”という存在を知ってもらえたこと。誇りに思います。


そんなオリンピック開催中、大阪・新歌舞伎座で行われていたNODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』を観劇しました。5月の東京公演から始まり、大阪に舞台を移して上演された全62公演の大千穐楽(7月25日)のもようをお伝えします(この作品は、WOWOWにて放送が予定されています。以下ネタバレになりますので、ご覧になる方はご注意ください)。

 
 
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ここは夜なのだろうか、森と思われる静まり返った闇のなかで、一斉に何かの衝撃を受けて樹木が倒れる。「ずしーんとばかり、とてつもなく大きな音を立てて大木が倒れてゆく…」。そう言って、主人公・mono(高橋一生さん)が身体を横たえ、小さな匣(はこ)を大切そうに抱きしめている。柔らかく深みのある声。でもどこか憂いを帯びているようにも思える一生さんの声が会場を包み込む。舞台は青森県の恐山。ここで口寄せ(亡くなった方の御霊を呼ぶこと)を行うイタコ見習い・皆来(みならい)アタイ(白石加代子さん)の元へ、8月12日、午後6時56分に、monoと橋爪功さん演じる楽(たの)が同時にやってきた。Wブッキングの見ず知らずの二人。アタイは誰を呼び出したいのかと尋ねるが二人は首を傾げている。monoは突然「頭を下げろ」「頭を上げろ」と言い出したが、思わず口をついて出る言葉にmono自身も理解ができないようす。楽のほうも、自分は国王だと言って、娘を殺された、いや妻を殺してしまったんだと言い出すと、楽とmonoによってシェイクスピアの四大悲劇の1シーンが再現される。娘や妻が憑依した一生さんは、瞬時に声色や表情を変え、見事な豹変ぶり。そのたびに会場は沸き、ステージぎりぎりのところでパタリと倒れる一生さんのお顔は美しかった。…自分が何者なのか、何のためにここに来たのかわからない二人だったが、この日、この時間にここへ来るということだけは確かな記憶だった。


monoだけでなく、観客もまた、何が起こっているのかまったく理解できない。monoが大切に持っている匣には神さまの言葉が入っているとして、お笑いコンビのようなアブラハム(川平慈英さん)と三日坊主(伊原剛志さん)に、神さまの言葉を盗んだ泥棒だと追いかけられるmono。嘘発見器=金属探知機のようなもので、キャッチされる匣…。その匣から不意に飛び出してきた言葉「がんばれがんばれ」。monoはいったい何者なのか。そして匣に入っているものは? 壮大な謎解きが繰り広げられる。語呂合わせや異口同音の、軽妙でしゃれの効いた言葉がテンポよく紡がれ、気風のいいアタイの大先輩・オタコ姐さん(村岡希美さん)、また、キュートな前田敦子さんがのびやかに演じ分ける伝説のイタコ、白い烏、星の王子様たちが観客をかく乱する。効果的に、またさりげなく散りばめられているシェイクスピアのセリフやパロディーに、著作権侵害と現れたシェイクスピア(野田秀樹さん)には会場中が大爆笑。また、目をみはったのはステージの左右から大きな布がカーテンのごとくサーッと引かれ、瞬時に場面や人が入れ替わる見事さ。シェイクスピアとアタイの入れ替わりのシーンは最高だった。「To be or not to be,to be to be to be…」とシェイクスピア・野田さんが身振り手振りおちゃらけて言っているのを引き継ぐはめになったアタイ・白石さん。白石さんの、野田さんのモノマネが絶妙で、「今、シェイクスピアが乗りうつってましたよ」と言いながら、さすがの一生さんも笑いが堪えられず客席に背を向けて爆笑。そんな舞台ならではの微笑ましいハプニングに和みながら、物語は核心に迫っていく。

 
 
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徐々に自分が何者であるか、記憶を取り戻していくmonoと楽。そして、ある言葉を聞いたとき、背すじがぞわっとした。それまで笑いに包まれていた会場の空気が少しずつ変わりはじめ、すべてはここにたどり着くための伏線だったのだと気づく。それは未曾有の大惨事。monoは、1985年8月12日に墜落した日航機123便の機長だった。匣はボイスレコーダーで、自分の人生に幕を下ろそうとしている息子・楽に、匣に収められた言葉を届けるために現れたのだ。誰もが思っただろう。こんな作品観たことがないと。そして戸惑ったことだろう。どこに着地するのだろうかと。monoが、アブラハム、三日坊主(副操縦士)、オタコ姐さん(CA)とともに123便に乗り込んでいく。そして「なんか爆発したぞ」という言葉から、乗客の命を守るために最後まで懸命にコックピットで闘った再現シーンに戦慄が走った。操縦桿に見立てたパイプとキャスター付きの椅子。機体が大きく揺れるたびに、椅子がステージ左右に勢いよく滑り出し、衝撃の大きさを表現していた。墜落の瞬間はステージから客席に飛び出すぎりぎりのところまで滑り落ちてきて、思わず息をのんだ。約10分間にわたる緊迫のクライマックスシーン。間違いなく、私たち観客も全員123便の乗客だった。ボイスレコーダーに遺されていたたった一つの真実。あれほどの緊急事態に放たれた言葉の重さと尊さに涙が止まらない。「頭(機首)を下げろ」「頭を上げろ」、クルーを(もしかしたら機長自らをも)鼓舞するための「がんばれがんばれ」「どーんといこうや」の意味が解明されたとき、これ以上ないほど魂が揺さぶられて感情が溢れ出した。身体中の細胞という細胞が、震えていた。


私にとっても日航機の事故は衝撃だった。今でもはっきりと覚えているのは、事故の翌日、高校野球の観戦に訪れていた阪神甲子園球場で、生存者の方が救出されたとアナウンスが入り、球場にいた全員が拍手をしたこと。また、その後の報道で救出された方のなかに自分と同じチェッカーズのファンの方がおられたことも忘れられない記憶のひとつだった。あれから36年経ち、慰霊碑まで上がってこられるご遺族が年々少なくなってきたというニュースを見るたびに、あの日の記憶がよみがえってきて風化させてはいけないと感じていた。きっと、賛否両論あるだろう。でも野田さんがすべてを受け止める覚悟で出された作品なのだと思う。そして、野田さんだけでなく、主演の一生さんはじめ出演者の皆さん全員が、祈りを捧げながら覚悟をもって演じられたのではないだろうか。


「頭を上げろ」「パワー!」というメッセージを受け取った楽の「パパ、わかったよ。生きるよ」という言葉に、安心したように、泣き顔のような笑顔を見せて消えていくmono。そして、ラストシーンは白石さん、橋爪さんお二人が空を見上げるという味わい深いシーンだった。めまぐるしいスピードで展開するNODA・MAPだが、お二人の間に流れる時間軸はとても優雅で、目の前で演技を観ることができたことは贅沢の極みだった。そして、永遠に続くような鳴り止まない拍手でカーテンコールは8回も続いた。おそらくほとんどの観客は涙だったけれど、一生さんは、周りの役者さんを立てながら顔をくしゃくしゃにして笑っていた。それは清々しい笑顔だった。役者としての豊富なキャリアと、一生さんの多彩で魅力的な人間力が溢れていた。控え目でいてしなやかで美しい佇まい。何度も大きく手を振って、会場を隅から隅まで見渡している柔らかい表情が印象的だった。

 
 
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プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。8月に入って、私の周りにも少しずつ2回目のワクチン接種が終了したという人が増えてきました。私は、まだ予約すらできない状況なのですが、気になるのはやはり副反応のこと。でも、人によって全然違うんですね。2日間頭痛と高熱にうなされた人もいれば私の母のようにまったく無症状の人も。さて、私は? そしていつ接種できるのでしょうか。
 
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】

第51回「明日の原動力になる『パリでメシを食う。』ブックレビュー」
第50回「こんな時代だからこそのサプライズ。優しさに包まれる藤井フミヤさんコンサートツアー“ACTION”」
第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
第48回「全身全霊で想いを届ける。石崎ひゅーい“世界中が敵だらけの今夜に −リターンマッチ−”」
第47回「西川美和監督の新作『すばらしき世界』公開によせて」
第46回「森山未來が魅せる、男たちの死闘『アンダードッグ』」
第45回「チバユウスケに、The Birthdayの揺るぎないバンド力に魅せられた夜 “GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR”」
第44回「ありがとうを伝えたくなる映画『461個のおべんとう』」
第43回「京都の空を彩る極上のハーモニー。パーマネンツ(田中和将&高野勲 from GRAPEVINE)with 光村龍哉さん『聴志動感』~奏の森の音雫~」
第42回「清原果耶さんの聡明さに包まれる映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』」
第41回「YO-KINGのはしゃぎっぷりがたまらない! 真心ブラザーズ生配信ライブ“Cheer up! 001”」
第40回「ギターで感情を表す本能のギタリスト~アベフトシさんを偲んで」
第39回「真心ブラザーズ・桜井秀俊さんのごきげんなギターと乾杯祭り! 楽しすぎるインスタライブ」
第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”