たった一人でステージに立つ。覚悟を携え、ギターを鳴らし、想いを届ける。2月28日梅田CLUBQUATTROで行われた石崎ひゅーいさんの東名阪弾き語りツアー「世界中が敵だらけの今夜に-リターンマッチ-」は、潔くてあたたかくて、弾き語りの尊さを伝えてくれた。

 
20210228ひゅーい
 

ごく自然にステージに現れて、拍手のなか一礼し、3本のギターを配した秘密基地のような空間の真ん中に座るひゅーいくん。これから鳴らされる音に心が躍っている観客のアツい視線を受け止めながら歌い出したのは「アンコール」だった。アンコールを行わない彼の、ありがとうという想いが込められた最高にHAPPYな曲。ポロンと鳴らしたフレーズに、あの優しい声が乗っかるとまるで魔法だ。なんでこんなに惹きつけられるんだろう。今日もいきなり心をつかまれてしまったようだ。歌い終わったあと、ニコニコと会場を見渡しながら「最初に、これだけいいですか?」と言って「やっぱ、これだよな」(映画『アンダードッグ』より、森山未來さん演じる末永晃が試合でボコボコにされながらもなお、噛みしめながら言うセリフ)。そして1年3か月ぶりの大阪、ずっと来たくてウズウズしていたと笑顔を見せ、「音楽がマスク1枚に負けちゃいけない。負けてられるかと思うわけです」とこの日を迎えられた喜びを口にした。そしてアコースティックギターを軽快に鳴らし「ファンタジックレディオ」「第三惑星交響曲」の多彩な世界を爽やかに華やかに表現していく。「Flowers」では、未來くんが好きだと言っていた〈天井を見つめる目から なにげなく落ちるなみだがやまない〉、またツアータイトルの〈世界中が敵だらけの今夜に〉などのドラマティックで心が震えるフレーズに『アンダードッグ』のいくつものシーンがオーバーラップする。戦いに感化されるように生まれたという、ひゅーいくんの力強い歌と奮い立つようなギターには、瞬きをすることさえ忘れるほどしびれ、私たちもこの日を待っていたんだと強く思った。

 
 

 
 

ひゅーいくんのライブは、観客を置き去りにしない。ツアーのファイナルだったこの日。「大阪がファイナルってめずらしくないですか? 大阪って初日のイメージがあるんだけど、どうですか?」「僕のライブが初めての人ってどのぐらいいる?」「子どものころ、宝探しって好きじゃなかった?」とニコニコと絶えず観客に話しかけてくれる。残念ながら、今の私たちは声を出すことはできないけれど、うなづいたり笑ったり拍手で応えたり。常に観客のことを見ていて、優しい人だなと思う。ひゅーいくんが放つコトバは、とても優しくてタフで、きっとひゅーいくんそのものなんだろうなと思うのだ。ふわっとした雰囲気を醸し出しながら、実はとても骨っぽくてとてつもないパワーを秘めている。だから、ひゅーいくんの歌は、頼もしくて安心できるのかもしれない。


この日は、2013年のツアーでよく歌っていたという「世界の終わりのラブソング」でピアノの弾き語りも。ひゅーいくんの言葉を借りれば“13日連チャン”という過酷なツアーで、ようやく自宅に戻ったときには体脂肪率が5%! イチローと同じになっていたのだそう。また、同じくピアノでの「ピリオド」は、美しい音色と繊細に丁寧に紡ぎ出されるコトバが情景とともに心に刻まれ、その世界に浸った。そして、ある曲を歌う前にひゅーいくんは言った。「ステージぎりぎりまで行ってやる」。現在、ステージには白いテープが貼られ観客との距離の確保が決められている。テープぎりぎりまで椅子を前に動かして、そしてマイクをひょいっと横にした。「デビューの頃、(HEP FIVEの)観覧車の前あたりで、段ボールに名前を書いて歌っていた曲をやります」と歌い始めたのは「ガールフレンド」だった。マイクを通さない、ひゅーいくんの生声とダイレクトに届くぬくもりのあるギターの音色にどきっとした。路上ライブをしていた当時から今日までのひゅーいくんに想いを巡らせながら、目の前で全身全霊で歌い、時折泣いているようにも見えるその表情に涙した。〈不器用でへたくそな歌だけど 君に届いたらいいな 大丈夫さ泣かないで安心しろよ 僕がずっと守ってあげる〉まっすぐに愛を歌う。これが、“石崎ひゅーい”なのだ。一瞬で、その場にいる人すべての心をつかみトリコにする、魅力のかたまりのような人。こんなサプライズが待っていたなんて。涙ながらにありがとうの想いを精一杯込めた拍手は、いつまでも鳴り続けていた。

 
 

 
 

私たちの涙もこの想いも、きっと伝わっていたのだろう。椅子をもとの位置に戻しちょっとはにかんだようすで「飛ばしていいですか?」と言った笑顔が、たまらなくキュートだった。コール&レスポンスのシーンでは、声の代わりに腕を上げて応えた「1983バックパッカーズ」。大盛り上がりのなか、ひゅーいくんは「危ないよね、ついつい(声が)出ちゃうよね(笑)」とこの状況に苦笑いしながらも「夜間飛行」ではいつにも増して伸びやかな声で燦燦と星が煌めく夜空を体感させてくれた。この自粛期間中、曲をつくっていると気がつけば朝になっていて、ふと空を見たら、夜と朝の狭間で、今まで見たことのないような、言葉ではうまく表現できないような空の色を見たのだそう。いろいろなことが変わってしまったと思っていたけど、その空を見たときにそれは違うなと、目をこらせば、素敵なことはどんなところにもそこら中にあると気づいたと話してくれた。そして、「僕は、見たことのない空の色を、いつか曲にしてみんなにプレゼントすることができる。だから待っていてください」。そう言って静かに歌い始めた「花瓶の花」は、ひゅーいくんからふいに差し出された花束のようだと思った。ひゅーいくんのこの想いを、今日ここに来れなかった人たち、すべての人に届けたいと思う。

 
 

 
 

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プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先月、こちらでご紹介した映画『すばらしき世界』。公開初日に舞台挨拶付きの上映会を観てきました。舞台挨拶では、役所広司さんが神々しかったことは言うまでもなく、中でも印象に残ったのは、仲野太賀さんでした。舞台挨拶では、この映画に出演するにあたって、お世話になった方たちの顔が浮かんできたこと。デビューして15年、自分の人生を切り拓くつもりで演じたという、その熱い言葉にぐっときました。役所さん演じる主人公も観れば観るほど愛おしくて、一人でも多くの方に観ていただきたい作品です。