底冷えの毎日が続いていますね。1月、各地を襲った大雪には苦労された方も多いのではないでしょうか? 天気予報で積雪と聞くと、寒さだけでなく電車の遅延や混雑が予想されるのでできるだけ遠出や外出を控えるのですが、時々そうもいかないこともあるのです。
 
今回はそんな雪の舞うなか、滋賀県・甲賀市で行われた茂山千五郎家の狂言『おうみ狂言図鑑2018』を観に行ってきました。狂言と聞いて、みなさんはどんなイメージをお持ちでしょうか? 難しそう、敷居が高そう? 興味はあるけど初めてでも楽しめるのか不安という方もいらっしゃるかもしれませんね。
 
実は私も最初はそうでした。以前携わっていた雑誌のインタビューに登場された茂山逸平さん。テレビドラマなどにも出演されていてお名前は知っていたものの、そのインタビュー原稿の校正をしながら、狂言って面白そう! と思ったことがきっかけです。それまでは狂言って少し難しいのかな? と先入観を持っていたけれど、室町時代の吉本新喜劇みたいなものと聞いてなんだか急に身近に感じられ、その後タイミングよく行われた舞台に同僚と観に行ったことが始まりです。
 
予備知識はなくても、茂山家の狂言はとにかく楽しい!金屏風を設えたシンプルな能舞台に、登場人物は主に太郎冠者(たろうかじゃ)とよばれる主人公とその太郎冠者の主人など2、3人。そこでごくごく日常の光景が繰り広げられるのですが、狂言には、ひとつルールがあります。それは登場人物が、何もない舞台なのに「川が流れている」と言ったら、もうそこには川が流れているのです。「都に着いた」と言えば、そこはもう都! 観客は想像力を働かせて、そこに川が流れ、都に着いた“つもり”で、室町時代にワープしたかのように観る(笑)。あとは面白かったら大いに笑う。ただそれだけです。
 
今回上演された演目は、毎日、嫁姑に次々仕事を押し付けられる婿養子の男の小さな反乱を描いた「濯ぎ川」と主人におつかいに出された太郎冠者が、酒を振る舞われ泥酔状態に陥り失態を犯す「素袍落」の古典狂言。
 
そして、滋賀県を題材にした新作狂言の第7弾「ニンジャカジャと大名、そしてちょっとタロウカジャ」は、忍者の里として知られている甲賀での初上演ということで注目が集まっていました。大名と太郎冠者、そして忍者という珍しい3人の登場人物。忍者と言えば…というイメージは果たして? 時事ネタを盛り込んで新しい感覚の狂言を堪能しました。こんな忍者がいたとしても面白いだろうなと思わせられました。
 
狂言の演目は10分などの短いものから大体は20~30分のものが多く、題材は庶民の生活から生まれた笑いです。そこには必ずカラッとしたわかりやすい笑いがあり、室町時代と今も笑いのツボって変わらないんだなと思わせられます。お調子者でどこか憎めない人間の姿があって、他者によって自分という人間が露わになったり、引き立てられたり。つっこんだりつっこまれたりという感じでしょうか。会話と仕草ですべてを表現する狂言はウイットに富んだ台詞から、人間の本音と建て前がチラチラと垣間見える。そこには完全ではない、みなどこか不完全でいびつなカタチをした愛すべき人間たちが見えるような気がします。そしてその演技の奥から滲み出る、演じる者の人間性も。それは同じ演目でも演者が違えばまたひと味もふた味も違って見え、とても奥深くて、それが個性豊かな役者が揃った茂山狂言の魅力のひとつであるとも感じます。
 
狂言では女は、気が強くてガミガミうるさいのが定番で「わわしい女」と表現されます。そんなわわしい女にも役者の個性が滲み出ています。わわしいけれど、どこか可愛らしさの残る童司さんの女やいかにも恐妻家を彷彿させる、声、態度ともに迫力満点の千五郎さんの女。比べてみるのも面白いかもしれません。
 
茂山家の狂言は、いつでもどこでも手に入る「お豆腐」にたとえてお豆腐狂言とよばれて親しまれています。狂言を気軽に楽しんでもらいたいという想いから、能楽堂などの能舞台だけでなく、街へ飛び出して学校の体育館や町内の祭りなどお声がかかればどこででも狂言をしていたといいます。「どんな場所でもお客様に喜んでもらえる狂言を演じる」というのが茂山家の今も昔も変わらない姿勢なのです。
 
先述の雑誌のインタビューのなかで逸平さんが、祖父の人間国宝である四世茂山千作さんのことをこうおっしゃっていました。千作さんは舞台が終わるといつも逸平さんたちにたずねられていたそうです。「今日のおじいちゃん、どうやった?」と。戦後の厳しい時代、苦労してひたすら努力を重ねて人間国宝となられた千作さんが、孫に率直な感想を求められるその光景を想像して、感銘を受けたことを今でもよく覚えています。
 
四世千作さんが出て来られるだけで、舞台がぱっと明るく華やかになりました。身体全体で表現される笑い。一挙手一投足に視線が注がれる。どんなお芝居をされるのか、セリフがどのように舞い踊り、どんな色を帯び輝くのか。観客は心も身体も前のめりで瞬きも忘れて舞台に集中したものです。それは奇才とよばれた弟の千之丞さんもそうだった。会話の絶妙な間、仕草ひとつとっても、とてもチャーミングなお二人。まさに眼福の極みでした。
 
お二人が亡くなられてから、その面影を追いかけてしまいしばらく寂しさを拭えなかったけれど、今回の「素袍落」は、伯父に勧められた酒を豪快に呑み干しては、泥酔状態で何度もお替わりを申し出る五世千作さんの演技に思わず声を上げそうになりました。先代の四世千作さんがぴたりと重なったような気がしたから。その唯一無二の技は、確かに継承されて茂山家のなかに脈々と生き続けていることをしっかりと感じました。
 
茂山家の役者の方々は実に多才でその活動は多岐にわたっています。俳優としても活躍されていたり語学番組にも出演されていたり、また、ほかの流派の方たちと狂言という垣根を超えコラボ企画や舞台を行ったり。爽やかで鮮やかな活躍ぶりと、笑いを携えて伝統を守り伝える真摯な姿にファンが多いのもうなずけます。毎月各地で様々な演目の公演が行われています。みなさんの街でもきっと。一度観ると、また観てみたい!と思わされる、面白さが詰まった茂山家の狂言。演目、演者が違えばまた違う奥深くて楽しい世界。ぜひ気軽に足を運んで、心地良い笑いを体感していただきたいと思います。
 
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shinomuramotoshino muramoto●京都市在住。雑誌編集・放送局広報を経て、現在は校正士、時々物書き。最近、心に想ったことが叶えられている気がしています。たとえば会いたいなぁとかどうしてるかなぁと思った人と思いがけないところでばったり会ったり連絡が来たり。おまけにこうなったらいいのになと思っていたことまで。願って上手に手放すことがポイントかもしれません。