いよいよ4月になりましたね。今年は桜の開花も例年より早く、すでに初夏のような陽気が続いています。先日始まったばかりの石崎ひゅーいさんの弾き語りツアーでは声出しがOKになり、久しぶりのコール&レスポンスに盛り上がりました。楽しかったのはもちろん、ひゅーいさんのとびきり幸せそうな顔も忘れられません。また、後日ツアーのレポートをお届けできればと思っています。そして、2017年にスタートしたこの連載も4月で7年目に入りました。いつも読んでいただいて本当にありがとうございます。これからもみなさまのお顔を思い浮かべながら書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。今回は現在上映中の『ロストケア』と大阪(3月26日TOHOシネマズ 梅田)で行われた舞台挨拶のようすをレポートしたいと思います。

 
 
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<STORY>
早朝の民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは、センターで働く斯波宗典(松山ケンイチ)。だが、彼は介護家族に慕われる献身的な介護士だった。検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が勤めるその訪問介護センターが世話している老人の死亡率が異常に高く、彼が働き始めてからの自宅での死者が40人を超えることを突き止めた。

真実を明らかにするため、斯波と対峙する大友。すると斯波は、自分がしたことは『殺人』ではなく、『救い』だと主張した。その告白に戸惑う大友。彼は何故多くの老人を殺めたのか?そして彼が言う『救い』の真意とは何なのか?

被害者の家族を調査するうちに、社会的なサポートでは賄いきれない、介護家族の厳しい現実を知る大友。そして彼女は、法の正義のもと斯波の信念と向き合っていく。(公式HPより)


 

この作品を観るまでに何度か予告映像を観ていました。松山ケンイチさんが演じる介護士・斯波(しば)。42人の高齢者を「救った」と語るのはなぜなのか。いくつかの予備知識を持っていたものの、作品を観ながら終始考えていたことは自分や家族のことでした。介護殺人の話だけではない、誰もが避けては通れない老い、介護の問題。また、国の公的支援から漏れている人たちの声にならない叫びが描かれていて、胸が締めつけられるようでした。自分だったらどうするのか…また自分はどのような最期を迎えるのか。今まで見ないようにしてきた問題を突きつけられたような気がしています。松山さんと対峙する検事・大友を演じるのは長澤まさみさん。本作は、原作(『ロストケア』葉真中顕著)を読んだ前田哲監督と松山さんが「介護の現実を知ってほしい」と10年前から企画を温めていたもので、当時は実現が難しいと何度も断られ、10年かけてようやく映画化にこぎつけたのだそうです。でも、今だからこそ、松山さんと長澤さんという魅力的なお二人の競演が叶ったのかもしれない。それほどまでに、長澤さんの検事役は魅力的で、主張を曲げない斯波を一喝したり不意の問いかけに動揺したり、凛とした表情から揺れ動く感情の表現には唸らされました。

また、松山さんは斯波が単なる殺人犯ではない、家族や高齢者を想う優しい人物であるということを丁寧に表現。大友に穏やかにとつとつと語る斯波は、これまで誰にも打ち明けられなかった心のうちを、こうしてさらけ出す日をずっと待っていたのかもしれないと思うほど孤独で、思わず彼の持論に引き込まれそうになる瞬間も。でも、ある場面でハッと我に返りました。どんな理由があろうとも人を殺めることは許されることではないのだと。まるでお互いの魂がぶつかり合う音が聞こえるようなヒリヒリした二人の対峙シーンには震えました。キャストはそれほど多くはないけれど、一人ひとりの役がとてもはまっていて見ごたえがありました。斯波の父親役の柄本明さんは言うまでもなく、斯波の同僚役・峯村リエさんも登場するだけでどんなシーンにもフィットする稀有な存在。また、作中に見せる表情がまさに私たちの反応そのものだったのが、大友の事務官を演じた鈴鹿央士さん。常にキラキラしていてフレッシュな演技で、シリアスな作品のなかのオアシスでした。

 
 

 
 

そして、この日は前田監督、松山さん、長澤さんの舞台挨拶が行われました。人柄の良さがにじみ出ている松山さんと茶目っ気たっぷりのキュートな長澤さんは、お互いを“けんちゃん”“まぁちゃん”と呼び合うまるで漫才コンビのようなお二人でしたが、実は今回が初共演。役柄もあって撮影中はお互いに会話を交わさないように努めていたのだとか。ただ、長澤さんが用意したケータリング(『ロストケア』パンフレットによると、信州きのこ汁や信州りんごなど、信州を詰め合わせたもの)には、松山さんから唯一「おいしかったです」とお礼の言葉があったのだそうです。ただ、その言い方は「けんちゃんじゃなく、斯波だった(笑)」と明かされるシーンも。また、検察での取り調べのシーンで斯波の目がイキイキしているのは、相手が長澤さんだったからだと監督に暴露された松山さん。照れ隠しのように「みなさん、この舞台挨拶に当たった時、“長澤まさみに会える、よし!”って思いませんでしたか? それと同じです。僕も長澤まさみと決まって、“よし!”と思いましたもん(笑)」。例の対峙シーンは5日間にわたる撮影で、ずっと目と目を合わせて見つめ合っていたと言い、こんなこと家族でもなかなかないことだと会場を和ませてくれました。

長澤さん曰く『ロストケア』は、作り手の想いが詰まった作品。そして、ラストに静かに流れる森山直太朗さんの主題歌「さもありなん」は、澄んだ歌声とアコースティックギターの音色が揺れ動く心の隙間を満たし、すべてを優しく包み込んでくれる名曲。この先、この作品に、この問題に思いを巡らせるとき、そっと寄り添い伴走してくれるに違いない。そう思うだけで救われるような気がするのです。

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日、友だちに誘われて京セラドームへ野球観戦に行ってきました。最近では競馬観戦が主ですが、以前は甲子園や京セラドーム(当時は大阪ドームでした)にも通っていたので、久々の野球観戦に血が騒ぎ盛り上がりました。今年は、ライブに競馬に、野球観戦も増え、ますます忙しくなりそうです。
 
 
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
第72回「歌に託した想いと“最愛”のGRAPEVINEリビジットツアー『in a lifetime present another sky』」
第71回「万事休すからのスペシャルギグ! 斉藤和義さん弾き語りツアー『十二月~2022』」
第70回「“いつか星空の下で” 石崎ひゅーい『ナイトミルクLIVE 10th Anniversary〜」
第69回「名実ともに兼ね備えた純白のアイドルホース・ソダシの底力」
第68回「「水墨画は心を映し出す。横浜流星さん主演『線は、僕を描く』を鑑賞して」
第67回「迫力ある魔法に驚きと興奮の連続! 『ハリー・ポッターと呪いの子』観劇レポート」
第66回「自らを追い込んで飄々と一人芝居に挑む! 高橋一生さん『2020(ニーゼロ ニーゼロ)』観劇レポート」
第65回「渾身の力で“天”に届けられたメロディー。石崎ひゅーい “10th Anniversary LIVE 『、』(てん)”」
第64回「能楽の舞台に舞い降りたポップスター! アニメーション映画『犬王』を鑑賞して」
第63回「MANNISH BOYS-Anniversary LIVE TOUR 2022 GO! GO! MANNISH BOYS! 叫び足りないロクデナシ- 」
第62回「10年分の想いを花束にして。石崎ひゅーい Tour 2022“ダイヤモンド”」
第61回「すべてを愛せるツアーに。中村 中さん『15TH ANNIVERSARY TOUR-新世界-』」
第60回「戻らないからこそ愛おしい。映画『ちょっと思い出しただけ』を鑑賞して」
第59回「ジギー誕生50年!今なお瑞々しさと異彩を放ち続けるデヴィッド・ボウイのドキュメンタリー映画『ジギー・スターダスト』」
第58回「2年ぶりの想いが溢れたバンド編成ライブ! 石崎ひゅーい 「Tour 2021『from the BLACKSTAR-Band Set-』」
第57回「中村倫也さんと向井理さんの華麗なる競演! 劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』」
第56回「斉藤和義が最強のバンドメンバーと魅せた“202020&55 STONES”ツアーファイナル」
第55回「飄々と颯爽と我が道をゆく。GRAPEVINE “tour 2021 Extra Show”」
第54回「こういうときだからこそ豊かな未来を歌う。吉井和哉さん “UTANOVA Billboard”」
第53回「高橋一生さんの覚悟と揺るぎない力を放つ真の言葉。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』観劇レポート」
第52回「観るものに問いかける『未練の幽霊と怪物 ー「挫波」「敦賀」ー』」
第51回「明日の原動力になる『パリでメシを食う。』ブックレビュー」
第50回「こんな時代だからこそのサプライズ。優しさに包まれる藤井フミヤさんコンサートツアー“ACTION”」
第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
第48回「全身全霊で想いを届ける。石崎ひゅーい“世界中が敵だらけの今夜に −リターンマッチ−”」
第47回「西川美和監督の新作『すばらしき世界』公開によせて」
第46回「森山未來が魅せる、男たちの死闘『アンダードッグ』」
第45回「チバユウスケに、The Birthdayの揺るぎないバンド力に魅せられた夜 “GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR”」
第44回「ありがとうを伝えたくなる映画『461個のおべんとう』」
第43回「京都の空を彩る極上のハーモニー。パーマネンツ(田中和将&高野勲 from GRAPEVINE)with 光村龍哉さん『聴志動感』~奏の森の音雫~」
第42回「清原果耶さんの聡明さに包まれる映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』」
第41回「YO-KINGのはしゃぎっぷりがたまらない! 真心ブラザーズ生配信ライブ“Cheer up! 001”」
第40回「ギターで感情を表す本能のギタリスト~アベフトシさんを偲んで」
第39回「真心ブラザーズ・桜井秀俊さんのごきげんなギターと乾杯祭り! 楽しすぎるインスタライブ」
第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”