始まりましたGAL Radio。ここは友人とカフェで会話するように、音楽の魅力についてお話する場所です。

今年の秋は暖かく過ごしやすい日が続いていますね。時間に色があるとしたら、夏から秋、冬へと深まっていく季節の階調が大好きです。そんな秋の入り口、10月4日にリリースされたMr.Children 21th Album『miss you』について今日はお話します。デビュー30周年を過酷なパンデミックの中乗り越えて辿り着いた新しい今に、彼らから届いたのは日常を描いたやさしい歌たちでした。今回のキーワードは「アート」です。

 
 
 

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Mr.Children 『miss you』 特設サイト

 
 

アート色の強い、新しいミスチルサウンド


今作は全体を通して「新しいミスチル」を感じられる、今までにないアレンジが堪能できる作品という印象を受けました。

その一番の要因が、全13曲中10曲で楽曲の核となる響きをアコースティックギターが担っていることです。「青いリンゴ」や「LOST」のイントロなど、今までならエレキギターやストリングスなどを用いたダイナミックなアレンジが施されていたであろう箇所も、どこかひんやりとしたアコースティックサウンドに仕上げられており、これまでのミスチルの代名詞とも言える華やかさやポップさとは別の深みを放つ魅力を醸し出しています。

弾き語りをする桜井さんの周りの空気が呼応しているかのような、その存在すら感じさせない極限までエゴを削り落としたメンバーの演奏は凄まじい領域に達しています。彼らが大切にしてきた「歌」を届けるという意味では、このバンドにしか出来ない表現が詰まっていて、枯れ感のある音像にこれからの彼らの片鱗を垣間見た気がします。しかし、この枯れ感はアルバムを通して感じる圧倒的なまでの「何かが足りていない」切ない感覚ももたらしています。

淡々と経過していった1日の終わりに、いつか来る終焉を感じてしまうような。心にポッカリと穴が空いている虚無感を感じているはずなのに、音の隙間に大事な何かが潜んでいるとも感じさせる美しい余白が存在しています。それは寒い日に飲むホットココアのようにじんわりと体と心の奥とに沁み入るような、小さくもそこにある確かな温もりを感じる世界観。19th Album『重力と呼吸』で鳴らされた「メンバーの顔が見える」バンドサウンドとは別の「自我を通り越して音そのものになっていく」新しい彼らが獲得したサウンドが収録されています。

 
 
 

 
 
 

枯れていく美しさ


夢の中の場面が切り替わっていくような不思議さと共にアルバムは展開していきます。現代社会を覆っている閉塞感や虚無感、パンデミック以後変わってしまった日常。はらわたが煮え繰り返るほど憤りを隠せない政治や権力の腐敗。人間が持つ欲への不条理な怒りと歯痒さ。その中でも喜びを見出し、誰かを思いやる希望や愛おしさ。そんな生活者としての視点の数々がハッとする言葉で綴られています。

クレイジー桜井さんマニア大歓喜「アート=神の見えざる手」
混沌とした現代を生き抜こうとする「ケモノミチ」
やさしく降り注ぐ「雨の日のパレード」
ミスチルの必殺技“アルバム名バラード”「Party is over」
朝の日差しのようにやさしく響く「おはよう」etc…

どの曲もテーマは違えど、様々な角度から日常の中で起きていることが歌われていて、20th Album『SOUNDTRACKS』から引き継いだ死生観が根底に流れています。花も木も、人も、命あるものは全て枯れていく。だからこそ今が輝くと受け入れ、慈しむ。そんなある種の宗教的な心の拠り所を模索する悟りにも似た哲学的な歌詞が突き刺さります。「何かが足りない」ことは本当に必要なものに気付く「足るを知る」ことの始まりとも言える、そんな救いを訴えているように思えました。続いてはそんな枯れていく美しさを表したアートワークについてです。

 
 
 

アートワークから感じる「miss you」


アートワークデザインはgoen°の森本千絵さん。
ブックレットを開くと1ページ目には霧が立ち込める森の中に立つ桜井和寿さんの背中。朝露のミストを吸い込みながら、鬱蒼とした茂みの奥へと足元を確かめつつ恐る恐る進む。そんな生と死を感じさせる藤井保さんの写真からは50周年を見据えていくバンドの未知の旅が始まる瑞々しさを感じます。

木や森の有機的なイメージと、アコースティックなアレンジが目立つ曲が並んでいることもきっとリンクしていますよね。自然の大きさや美しさに包まれる時もあれば、猛威を振るわれる時もある。地球のバイオリズムの中で我々は生かされていて、私たち人間も自然の一部である。そんなことを触れるたび想像しています。

 
 

 
 
 

クレジットから感じる「miss you」


「miss you」は”しばらく会えなくなる友人へのお別れの言葉”として使う場合もあるそうです。スタッフクレジット、Special thanksの欄には2023年2月に天国へと旅立たれたアートディレクター・信藤三雄氏を偲ぶ表記があります。(Mitsuo Shindo 信藤さん ありがとう)ミスチルのアートワークの数多くを手がけ、楽曲やアルバムの世界観をビジュアルで作り上げられた方です。信藤氏への感謝もアルバムに載せたことから、日本語の「恋しい」という和訳だけでは括れないさまざまな想いが今作のタイトルに込められていそうな気がします。

ではいよいよ、今回のテーマ「アート」について想像していきましょう。

 
 
 

アート=日常を描く


アート色の強い今作の魅力を深く知るべく、まずは意味を調べました。

アート=芸術は創作者自体が主体であり、自己表現を行うことで受け手側に影響を与えること。デザインとの違いは目的の有無。デザインは、Webデザインやキャリアデザイン等、明確な目的を設定したうえで課題解決のために用いられます。 従って、アートは明確な目的の設定や問題解決等に捉われず自由なのです。(引用:専門学校デジタルアーツ東京・イラストコラムより)

デザインは何かしらの課題を解決する目的として作られるもので、アートは目的や制限に捉われない創作者が主体のもの。なるほどです。

音楽を聴くと沈んだ心を救ってくれたり、気分を変えてはくれるけど、そこにある問題自体は解決されません。しかし、課題解決はしなくとも、日常の中で引き起こされる問題提起の役割というのがきっとあって「音楽で世界は救えないけど、自分を救済するものが誰かと繋がるかもしれない」そんな歌を歌ってきたミスチルという創作者が新しい自己表現を行なったのが「miss you」と言えるのではないでしょうか。

桜井さんの音楽を作ることへの捉え方についてはこちらも併せてご覧下さい。
▶第49回「アートディレクター・森本千絵さんとMr.Children」

日常を切り取るアートも、非日常を描いたアートも日常の些細な違和感や大きな変化、感情の揺らぎの蓄積から生まれると思っています。ともすれば、美術館や特定の非日常的な空間で触れるものだけがアートではなく、日常にこそ誰もがアートを感じる種があるということ。今作の言葉と音から感じたアートのエッセンスは日常を描いた歌だからこその必然な変化だったように思えました。

 
 
 

どこまでも「あなたへ向けた歌を歌うこと」を選ぶバンド


30周年ツアーのMCでギター・田原健一さんから「より皆さんの生活に近い音を届けたい」という旨の発言がありました。

メジャーシーンの第一線、スタジアムクラスの会場で表現し続けてきたバンドが届けたいのは、やはりどうしたって、たったひとりのあなた、君なんだと。これからもそれを届け続けるための第一歩となるのが今作だと感じました。

そのタイトルが「miss you」で、その1曲目のタイトルが「I MISS YOU」そして彼らのデビューアルバム「EVERYTHNIG」の1曲目も「ロード・アイ・ミス・ユー」であること。これらのことが音楽の旅が始まってから変わらない想いが続いている、繰り返すフレーズがそれを訴えているように思えて仕方ありません。(こんなアートの捉え方があってもいいですよね?)

大切な人へと綴られた手紙のような、個人の幸福を願うアルバム。音という名の手紙を聴き終わったあとに残るのは、新鮮な空気を目一杯吸い込んで吐き出した、深呼吸した時の気持ちに似ていました。それが僕に何を問いかけているのか。深まる季節と共にじっくり日常を感じていきたいと思います。

そろそろカフェを出ましょうか。最後までお読み頂きありがとうございました。

 
 
画像2&サムネ
 
 
 
 

●お知らせ
①高橋圭 2nd Album『landmark』絶賛配信中!
▶︎DL & Streaming URL

 

②YouTubeにてlandmark tree 展開中!
ダウンロード、ストリーミングサービスを利用されていない方にも新曲たちを聴いて頂けたらという思いから、YouTubeにて楽曲を公開中です。改めてMIXもし直し、少しずつ育つツリーのようにアルバムCMと共にアップして参ります。
▶︎landrmark tree

 
 
 
 


 
2021.08~新プロフィール画像高橋圭(たかはし けい)●作詞・作編曲・演奏家 1988年5月3日生まれ。2011年よりgood sleepsの作曲、ギターとして活動開始、2016年活動休止。現在は演奏から録音、ミックス・マスタリングまでを自身で手掛けるスタイルでソロ活動中。楽曲はApple Music、Spotifyなどで配信中。レコーディングなどお仕事依頼はTwitter DMからお待ちしております。
Twitter:@zazamino

イラスト:matsun
 
 
 
 
 

 
「Ginger Ale Lover’s Radio」ここまでの道のり
 
第1回「はじめましてのご挨拶(自己紹介)」
第2回「Guitar~ダサい僕が手にした最高の相棒~なんでこんな邦題足したの? っていうB級洋画の和訳タイトルみたいなダサさ(ギター愛を語る回)」
第3回「真夏の特大号 想像力(YUKI『チャイム』レビュー、久しぶりのライブ、真夏のドライブプレイリスト)」
第4回「バンドは生き物、刺身はナマモノ。(赤い公園特集)」
第5回「Mr.Children(メジャーセブンス、センス、スタンスとバランス)」
第6回「Mr.Children 『重力と呼吸』アルバムレビュー」
第7回「ミスチル、YUKIライブレポート特集」
第8回「新春新曲祭」
第9回「レコーディングオタク」
第10回「YUKI 『forme』アルバムレビュー」
第11回「音楽で逢いましょう」
第12回「good sleeps Album『SIGNAL』セルフライナーノーツ」
第13回「雨ソング特集」
第14回「Live DVD &Blu-ray『Mr.Children 『Tour 2018-19 重力と呼吸』ディスクレビュー」
第15回「BUMP OF CHICKEN NEW ALBUM『aurora arc』アルバムレビュー。何故彼らは宇宙を歌うのか」
第16回「竹内まりや「カムフラージュ」から学ぶ切なさ講座」
第17回「新曲発表のコーナー『ねぇ、できちゃった』完結編!」
第18回「YUKI『聞き間違い』から学ぶ “ きっと大丈夫 ” 講座」
第19回「何故私たちはクリスマスソングを作り、聴くのか」
第20回「TRICERATOPSから学ぶリフで踊ろう! 講座」
第21回「3ヶ月連続企画! 第1弾 Chara +YUKI『楽しい蹴伸び』から学ぶ無意識の美しさ」
第22回「3ヶ月連続企画! 第2弾「Chara +YUKI 『echo』全曲レビュ ー」
第23回マイフェイバリットエモーショナルソング 10選」
第24回「和田唱(TRICERATOPS)『ALBUM.』から学ぶ笑顔の大切さ講座」
第25回「『ねぇ、できちゃった』のコーナー夏の特別編! 新曲「ひまわり」セルフライナーノーツ」
第26回「ニッポンの偉大なギター名盤10選」
第27回「夏とシティポップ」
第28回「初秋にこそ聴いて欲しい、サザンオールスターズ『真夏の果実』の魅力」
第29回「温かみ、手触りを感じる名作 Yuzukana 『ZUSHIKI』制作秘話!」
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