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どうも、今年もまた暗闇の中からこんにちは。


いわゆる「コロナ禍」が常態化し、それによる配信の普及という事情もあるのでしょう、映画館で上映される作品のラインナップにも、大きな変化(とりわけ、洋画の大作が減った)があったように思う2022年。それでも、多くの人々が詰め掛けた映画館で観た『スパイダーマン:ノーウェイ・ホーム』、『トップガン マーヴェリック』、『すずめの戸締まり』、そして『THE FIRST SLAM DUNK』といった作品は、驚きと興奮、熱気など、映画館ならではの鑑賞の醍醐味に満ちていて。やっぱりそれは、とてもいいものだなと改めて思った次第です。この4作を未見の方は是非だぜ。とはいえ、「映画」はやっぱり「監督」のものだと思っているフシがあるワタクシとしては……そう、今年は個人的な「推し」監督たちの素晴らしい新作映画が次々と公開されて、改めて振り返るに、感情的には、あっという間の一年だったなあという気がしないでもないですよ。ということで、今年は特にひねることもなく正攻法で、2022年に自分が観た映画の「ベスト10」を――。


 1.『カモン カモン』(監督:マイク・ミルズ)
 2.『リコリス・ピザ』(監督:ポール・トーマス・アンダーソン)
 3.『アネット』(監督:レオス・カラックス)
 4.『みんなのヴァカンス』(監督:ギヨーム・ブラック)
 5.『スティルウォーター』(監督:トーマス・マッカーシー)
 6.『その道の向こうに』(監督:ライラ・ノイゲバウアー)
 7.『わたしは最悪。』(監督:ヨアキム・トリアー)
 8.『ケイコ 目を澄ませて』(監督:三宅唱)
 9.『LOVE LIFE』(監督:深田晃司)
10.『恋は光』(監督:小林啓一)



それでは以下、それぞれの作品について、簡単な解説と寸評を――。

 
 
 
 
1.『カモン カモン』(監督:マイク・ミルズ)



前作『20センチュリー・ウーマン』(2016年)で、その表題通り、自身の母親をはじめ「20世紀を生きた」女性たちに「愛」と「感謝」を捧げたマイク・ミルズが、『ジョーカー』(2019)明けのホアキン・フェニックスを主演に生み出したハートウォーミングな物語。それが『カモン カモン』です。「小さき者」との交流を通じて、中年男性が自身の「来し方」を振り返りながら、「未来」について思いを馳せる……と書くと、いささか凡庸な映画のように思えるけど、都市の風景を切り取った美しいモノクロームの映像、各都市の子どもたちのインタビューは、ドキュメンタリー的な手法で撮るなど、さまざまな「驚き」と「発見」に満ちた映画でした。表題の意味するものにも感極まりました。たとえ、どんなに現在が厳しくとも、未来を恐れてはならないのだ。

 
 
 
 
2.『リコリス・ピザ』(監督:ポール・トーマス・アンダーソン)



『ブギーナイツ』(1997年)でハートを撃ち抜かれて以降、同時代の「若き巨匠」として、個人的には、全幅の信頼を寄せているポール・トーマス・アンダーソン監督。とはいえ、本当にアメリカを代表する「巨匠」となってしまった彼が、このタイミングで、それこそ自らの「来し方」ではないけれど、自身の少年時代の記憶と共に、これほどまで瑞々しい映画を撮るとは、嬉しい驚きでした。70年代のロサンゼルス、サンフェルナンド・バレーを舞台とした、とても不器用でチャーミングなボーイ・ミーツ・ガールの物語。撮影はもちろん、美術と音楽が完璧でした。主演のクーパー・ホフマンが、監督の常連キャストで盟友でもあった、今は亡き名優フィリップ・シーモア・ホフマンの息子というのも泣けました。

 
 
 
 
3.『アネット』(監督:レオス・カラックス)



かつて、『汚れた血』(1986年)、『ポンヌフの恋人たち』(1991年)で、同時代の若者たちの心を鷲づかんだレオス・カラックスが、『ホーリー・モーターズ』(2012年)以来だから、日本での公開は、実に9年ぶりの新作公開になるのかな? それが『アネット』でした。しかも、まさかのミュージカル。これは、とても心沸き立つ映画でした。それは、アダム・ドライバーという「旬」の役者を起用できたことも、大きいのかもしれません。今年日本で公開されたものでも、『最後の決闘裁判』、『ハウス・オブ・グッチ』、『ホワイト・ノイズ』(Netflix映画)……どのアダム・ドライバーも素晴らしかった。もちろん、『アネット』のアダム・ドライバーも最高でした。オープニングとエンディングのカッコ良さにも痺れました。やっぱカラックス、最高じゃないか。

 
 
 
 
4.『みんなのヴァカンス』(監督:ギヨーム・ブラック)



上記3人ほどビッグネームではないけれど、『女っ気なし』(2011年)や『やさしい人』(2013年)といった作品で、一部地域の人々を熱狂させたギヨーム・ブラック監督の新作が、ようやく日本公開。パリのさえない2人の男が、意を決して南フランスの田舎町にヴァカンスに出掛ける……という他愛ない話(一応、コメディなのかな?)ではあるけれど、南フランスの自然の美しさや、そこで出会う女性たちの描き方が、とても印象的でした。メインの2人が黒人男性であることも。まあ、フランス映画が得意とする「ひと夏の思い出」映画ではあるのだけど……その意味でも、エリック・ロメール監督の滋味と軽妙さを継承しているのは、やっぱりギヨーム・ブラックなんだろうな、という確信を得ました。今日は、この名前だけでも覚えて帰ってください。

 
 
 
 
5.『スティルウォーター』(監督:トーマス・マッカーシー)



ここからは、思わぬ「発見」映画が続きます。ひとつ目は、『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)のトム・マッカーシー監督――と言えば、聞こえはいいのかもですが、あの映画は個人的にはそれほど印象に残っていないので、本作にはとても驚きました。「真実は人の数だけある」を地で行くサスペンス的な面白さ以上に、脚本の中に巧みに織り込まれた、人や国の中にある「断層」の描き込み方が、本当にすごかったです。その中心にあるのが、父と娘のあいだにある「断層」というのが、また切ないのですが。脚本の練り込み方という意味では、最近は配信のドラマシリーズのほうに驚かされることが多いのですが、この作品は本当にすごかった。ってか、この監督、こんなに「撮れる」監督だったんですね。反省。

 
 
 
 
6.『その道の向こうに』(監督:ライラ・ノイゲバウアー)



こちらも、思わぬ「発見」でした。劇場公開作ではなく、Apple TV+での「配信映画」になるのですが、久しぶりに見たジェニファー・ローレンスは、やっぱり抜群に巧いですね。そして、ドラマ『アトランタ』の「ペーパーボーイ」役で、すっかりファンになってしまった、もうひとりの主役、ブライアン・タイリー・ヘンリー(『ブレット・トレイン』に「レモン」役で出演していた)も、すごく良かった。要は、傷つき孤独な2人の静かなる交流……といった話なのですが、心に傷を負った「女性帰還兵」という、これまであまり見たことのない主人公が新鮮だったのと、水のイメージを上手く使った演出……というか、舞台の演出などをしている人のようですが、これが初の長編監督作となる、ライラ・ノイゲバウアー監督の手腕に唸りました。静かで美しい映画です。さめざめと落涙。

 
 
 
 
7.『わたしは最悪。』(監督:ヨアキム・トリアー)



こちらは、別の意味での「発見」映画です。『母の残像』(2015年)が思わぬ傑作で、その名を覚えたデンマーク生まれ、ノルウェーを拠点とする映画監督ヨアキム・トリアーが、『母の残像』とは180度異なるポップなテイストで、都会で暮らす女性の心象風景を描いた『わたしは最悪。』。とまあ、題名は原題ともども「最悪」とついているのですが、要は「自己嫌悪」についての映画なのだと思います。これもある意味、自らの「来し方」を振り返る映画だったのかな。それを描きながら、とかく複雑で難しいことになっている、今の世の中を風刺しているところが秀逸でした。結構ユーモアとしては、かなりハイブロウなところもあるけれど、主役を演じたレテーナ・レインスヴェの魅力と勢いで押し切った……とにかく、この監督が、こういうポップなセンスを持ち合わせていたことに、とても驚いたんです。

 
 
 
 
8.『ケイコ 目を澄ませて』(監督:三宅唱)



ここから先は、日本映画です。まずは、これからの日本映画を担う若き才能として、多くの人が期待を寄せている『きみの鳥はうたえる』(2018年)の三宅唱監督。その待望の新作は、意外にも実在する「ろう」の女性プロボクサーの手記をもとにした作品に。しかし、そこは三宅監督。さまざまな翻案のもと、コロナ禍の東京を生きるひとりの人間の物語として、実に見事な「映画」に仕上げてきました。すべてのショットが優れているのはもちろんですが、耳が「聞こえない」主人公に向き合った結果、「音」の映画になったというところが、非常に面白かったです。監督曰く、「非当事者としての当事者性を意識した」結果であるとのこと。それは、とても誠実なアプローチではないかと思って、ますます信用するに至りました。願わくば、次こそは、完全なオリジナル作を!

 
 
 
 
9.『LOVE LIFE』(監督:深田晃司)



『淵に立つ』(2016年)を観て以来、「なんて恐ろしい監督なんだろう……」と、その怜悧な「まなざし」に震撼し続けている深田監督の新作。矢野顕子の楽曲「LOVE LIFE」をモチーフとした映画で、実際映画の最後に流れたりもするのですが、そこからどうやったら、こんなハードコアな物語を生み出せるのか……本当に恐ろしい監督だと思います。集合住宅で暮らす女性が、ある悲劇を経たあと、変化する人間関係の中で、いかなる「愛」と「人生」を選ぶのか……という物語。そう言えば、この映画も「手話」が重要なモチーフとなっていました。「手話」が、ある意味「映画的」というのはわかるけど、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)で世界的な注目を集めた濱口竜介監督、『ケイコ』の三宅監督、そして深田監督……これは多分、偶然じゃないんだろうな。偶然と想像。あるいは、サイレント?

 
 
 
 
10.『恋は光』(監督:小林啓一)



この映画は、その好評を聞きつけて、かなり遅いタイミングで劇場に駆けつけて観たのですが……なるほど、これは素晴らしかったです。最初に「映画は監督のもの」と書いたけれど、この映画は完全にメインキャスト4人のものですね。神尾風珠、西野七瀬、平祐奈、馬場ふみかという、決してこの映画で初めて見たわけではない役者たちが、本当に光り輝いていました。とりわけ神尾くんと西野さん。それはもう、眩しいほどに。恋は光か……。今年いちばんの「青春映画」だったように思います。その後、本作の監督を務めたのが、意外や意外、思わぬ良作だった『殺さない彼と死なない彼女』(2019年)の監督だったと知って、「なるほど」と思った次第。あの映画も、若いキャストたちが輝いていたから。ということで、小林監督の次作にも期待しています。

 
 
 
 

▼麦倉正樹「暗闇から手を伸ばせ REACH OUT OF THE DARKNESS」
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26558b0200add0f14325c9dd14320e10麦倉正樹●LIGHTER/WRITER インタビューとかする人。音楽、映画、文学、その他。基本フットボールの奴隷。