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どうも、今年もまた暗闇の中からこんにちは。


「緊急事態」が常態化――あるいは「非日常」が日常になってしまった2021年。にもかかわらず東京オリンピックは開催されたのか……と早くも遠い目をしつつある今日この頃。例によって今年もまた、今年の映画を振り返りたいと思います。「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」。いや、本当に。とりわけ小規模公開の作品などは。ということで、今年は「日本映画」に絞って10本を選んでみました。しかも、公開順で。ああ、そんな映画を観たなあ……えっ、そんな映画があったの?など、「ベスト」云々以上に、ひとつの「リマインダー」として捉えていただけたらこれ幸いかと。いずれも「観る価値のある」「観逃すのは惜しい」作品だとは思うので。


・『花束みたいな恋をした』(1月29日公開)
・『すばらしき世界』(2月11日公開)
・『二重のまち/交代地のうたを編む』(2月27日公開)
・『街の上で』(4月9日公開)
・『猿楽町で会いましょう』(6月4日公開)
・『アジアの天使』(7月2日公開)
・『子供はわかってあげない』(8月20日公開)
・『草の響き』(10月8日公開)
・『ひらいて』(10月22日公開)
・『偶然と想像』(12月17日公開)

それでは以下、それぞれの作品について、簡単な解説と寸評を――。

 
 
 
 
『花束みたいな恋をした』(監督:土井裕泰)


2021年の始まりは、やっぱこの映画だったなあと。ドラマ界の名手・坂元裕二が、菅田将暉&有村架純という珠玉のキャストを得て、十数年ぶりに映画のために書き下ろした珠玉のラブストーリー。ごく普通の若者たちが、互いに惹きつけられ、多愛ない話をしながらいくつもの夜を超え、やがて別の道を選ぶまでの5年間を、観る者の「記憶」や「願望」を喚起するようなタッチで描き出した本作。少し忘れかけていたけれど、この映画を観たときの胸を締め付けられるような気持ちを思い出すと、やはりグッときますわな。多分それは、決して忘れてはいけない「感情」なのだろう。たとえそれが、「感傷」に近いものなのだとしても。ちなみに本作については、別の場所でガッツリ書いたので、そちらのほうも是非。
 
cinra.net:映画『花束みたいな恋をした』 坂元裕二が描く、20代の5年間の恋
 
 
 
 
『すばらしき世界』(監督:西川美和)


『夢売るふたり』(2012年)、『永い言い訳』(2016年)など、撮る映画すべてが傑作といっても過言ではない西川美和監督が、天下の名優・役所広司を主演に、人生の大半を刑務所で過ごした男が「社会復帰」しようとする様を描いた本作。これは、実にものすごい映画だった。明るく飄々とした佇まいから、一気に溢れ出す「狂気」まで、観る者をまったく安心させることのない役所広司の圧巻の芝居はもちろん、次第にツイストしていきながら、主人公の周辺にいる人物たちはもちろん、この映画を観ている観客、果てはこの国の「現状」までも射程に入れて転がりゆく終盤の展開は、手に汗握るようなスリリングさと、複雑な余韻を観る者の心に残していた。「すばらしき世界」――このタイトルは、痛烈な「アイロニー」なのか。それとも、痛切な「祈り」なのか。
 
 
 
 
『二重のまち/交代地のうたを編む』(小森はるか+瀬尾夏美)


震災後の2012年から岩手県陸前高田市に拠点を移し、『息の跡』(2016年)、『空に聞く』(2018年)など、秀作ドキュメンタリーを次々と生み出してきた小森はるかが、その同朋である瀬尾夏美とタッグを組んで開催したワークショップの記録映画、それが本作『二重のまち/交代地のうたを編む』だ。陸前高田にやってきた初対面の4人の若者たちが、その土地の空気を吸い、そこで暮らす人々と生活を共にしながら、やがて陸前高田の過去と現在、そして未来を、それぞれの言葉で訥々と語り出すまでを記録した本作。この映画が胸を打つのは、それが「当事者/非当事者」の問題を内包しているからだろう。当事者たちが、自らの体験を語ることはとても大事だ。けれども、それだけでは「歴史」や「文化」は生まれないのだろう。さらには「継承」という意味でも、この一年を通して、個人的にはひとつの「指針」となるような映画だった。
 
 
 
 
『街の上で』(監督:今泉力哉)


試写室が連日満員という状況の中、遅ればせながら試写で鑑賞して、「ああ、これは今年の決定打になりそうだ……」と思ったのが、2020年の3月。そこから公開時期を大きく変更して、2021年の4月にようやく劇場公開された本作。すでにNetflixで配信されている本作を久しぶりに眺めながら、主演の若葉竜也をはじめ、古川琴音など若いキャストたちのその後の躍進ぶりは、本当に目覚ましいものがあるなあと思いつつ、「ああ、街の様子もだいぶ変わってしまったな」「“街の上で”暮らす人々の心も」と思わずにはいられない。今泉監督の真骨頂と言っていいだろう、「下北沢」の観光映画的な側面もありつつも、その街で複雑に交錯する若者たちの「思い/想い」を描いた本作。と言っても、大した出来事が起こるわけではない。けれども、抜群に面白い。それにしても、ボーイとガールの「会話」は、どうしてこんなに面白いのだろう。「えっ?」とか「ん?」とか。この感覚は、忘れたくないな。
 
 
 
 
『猿楽町で会いましょう』(監督:児山隆)



この映画は、ちょっと驚きの一本だった。そのポスターの印象から、駆け出しのカメラマンと読者モデルの爽やかな恋の物語かな?と思いきや――ある意味、「地獄」のような話だった(汗)。若者たちが憧れる街・猿楽町を「サルが楽しむ町」と言い放つ怜悧なリリシズムと、誰の肩を持つわけでもない構成の妙。気がつけば、ホラーに近い感覚も。けれどもこの物語は、必ずしも絵空事とは言えない「リアル」と「刹那」を打ち放っているように思えた。ある意味、『花束みたいな恋をした』の「陰画」のような一本だ。本作が「未完成映画予告編大賞」から生まれた作品だというのも興味深いけれど、それ以上に本作のヒロインを演じた石川瑠華の壮絶な芝居が強く心に残っている。この女優さん、すごいわ。

 
 
 
 
『アジアの天使』(監督:石井裕也)



かねてより、注目&信頼している監督の新作映画を、今年は2本も観ることができたことの「喜び」。無論、そのいずれもが、実に見応えのある作品となっていた。「コロナ禍」の情況を受けて、急遽制作されたという『茜色に焼かれる』(5月21日公開)も、主演の尾野真千子の熱演はもちろん、困難な状況の中で、次第に追い詰められていくシングルマザーの「現実」を描いたという意味で、実に画期的かつパッション溢れる作品だったけれど、ここではその後、満を持して公開された『アジアの天使』を推したい。石井監督が初めて全編韓国ロケを行った映画であること、監督の盟友と言っていいだろう池松壮亮とオダギリジョーが兄弟役で出演していること、それ以上に異国をさまようロード―ムービーとしての質感が、自分の中にある映画心を多分にくすぐった。大好きな映画だ。

 
 
 
 
『子供はわかってあげない』(監督:沖田修一)



田島列島の原作漫画は未読だけれど(同作者の『水は海に向かって流れる』は、とても良かった)、映画『横道世之介』(2013年)に代表されるような沖田監督の飄々と明るいトーンが、抜群にハマっていた印象のある本作。田舎で暮らす、ごく普通の女子高生である主人公は、アニメが好きな水泳部員。家族とも仲良くやっている――のだけど、彼女の「本当の父親」は、どうやら違う場所で暮らしているようだ。特に何か劇的な出来事があったわけではないけれど、あるとき思い立って「本当の父親」の居場所を探し当てた彼女は、そこでひと夏を過ごすことになる。「本当の父親」を演じた豊川悦司の怪演ぶりも楽しい本作だが、全編を通じて流れる、そこはかとない「肯定感」は、今の映画においてはかなり貴重であるように思えた。やっぱりたまには、こういうの観たいじゃない。「ぎぼむす」やら「3年A組」やら「いだてん」やら、これまで地上波ドラマなどで散々見てきたけれど、この映画の上白石萌歌は、最高に良かった!

 
 
 
 
『草の響き』(監督:斎藤久志)



函館の映画館・シネマアイリスの代表が音頭をとって生み出し続けている、作家・佐藤泰志の小説映画化シリーズ第5弾。三宅唱監督による『きみの鳥はうたえる』(2018年)も相当良かったけれど、この『草の響き』も、実に味わい深い映画だった。東京で忙しなく働き続ける中で、心のバランスを崩してしまい、妻と共に故郷である函館に戻ってきた主人公。「自律神経失調症」と診断された彼は、その療法のひとつとして、毎日ランニングをするようになる――と書くと、あまり面白そうではないけれど、「再起」を目指しながらも、心と身体のバランスがうまく取れず、他者との距離もうまく測れない主人公の姿は、ある意味非常に現代的と言えるかもしれない。特にこのコロナ禍においては。その人物を、東出昌大が演じていることに関しては、さまざまな意見があるようだが、自分は完全に「虚構」と「現実」を重ね合わせながら観てしまった。うーむ。ちなみに、スケートボードの滑走シーンがある映画は、ほぼすべて面白いというのが持論である。

 
 
 
 
『ひらいて』(監督:首藤凜)



この映画は、ちょっと驚きの一本だった、第2弾。高校生たちのいびつな三角関係を描いた綿矢りさの小説が原作だけれども、それに惚れ込んだという20代の若い女性監督のドライブ感がすさまじい。本意の見えない主人公の心を揺らがせる愚直な恋人たち。個々の揺らぎが次第に重なり合ってゆく、その剛腕演出に心底感服した。これはひょっとすると、新しい形のティーンムービー――というか、ある種の「芯」を捉えた稀有なティーンムービーなのではないだろうか。愚直な恋人たちを演じた作間龍斗と芋生悠も良かったけど、やっぱり山田杏奈だわ。『ジオラマボーイ・パノラマガール』(2020年)、『彼女が好きなものは』(2021年)などで一応認識はしていたけれど、この映画の山田杏奈は、最高に良かった!

 
 
 
 
『偶然と想像』(監督:濱口竜介)



かねてより、注目&信頼している監督の新作映画を、今年は2本も観ることができたことの「喜び」、第2弾。ここへ来て、国際的な評価を高めている『ドライブ・マイ・カー』(8月20日公開)も素晴らしかったけれど、個人的に感銘を受けたのは、村上春樹の原作を離れた後半の「演出指導」部分だったこともあり、ここでは最近公開されたばかりの『偶然と想像』を推したい。「驚きと戸惑いの映画体験」とはよく言ったもので、ミニマルな登場人物たちによる他愛ない会話の「ズレ」が、やがて引き起こしていく「偶然」と「想像/創造」の鮮やかさよ。とりわけ、濱口監督の過去作『ハッピーアワー』を彷彿とさせるシスターフッド的な感覚も「今様」な第三話「もう一度」は、心震わせ少し泣いてしまった。終わりの見えないコロナ禍に、いい加減うんざりな2021年の最後に、改めて「映画って面白いな」と心の底から思えたのは、ある種の「僥倖」だった。来年も映画を観るぞ! ちなみに本作については、監督取材をする機会がありましたので、そちらのほうも是非。

 
リアルサウンド映画部:濱口竜介監督作品の鍵は“テキスト的な人間”? 短編集『偶然と想像』を制作した意図を聞く
 
 
 
 

▼麦倉正樹「暗闇から手を伸ばせ REACH OUT OF THE DARKNESS」
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26558b0200add0f14325c9dd14320e10麦倉正樹●LIGHTER/WRITER インタビューとかする人。音楽、映画、文学、その他。基本フットボールの奴隷。