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どうも、今年もまた暗闇の中からこんにちは。


2020年は暗闇の中に住む人間としては、まさしく「受難」の一年でした。4月の頭に角川シネマ有楽町で『銀座っ子物語』(1961年)を観たのを最後に、4月……そして5月は劇場が閉まってしまったので、さすがに一本も映画館で映画を観ていない。もっぱら配信で『愛の不時着』とか観ていた。面白かったけど。無論、6月に映画館が再開してからは、劇場の事情も慮って……プラス、一個空きの座席設定が意外と快適だったりして、割と足蹴く通った結果、映画館や試写室など、「銀幕」に映し出される形で今年観た「映画」は合計155本。まあ、減りましたね。しかし、そんなことしている人は少数派であって、これまでそこそこ映画を観ていた人ですら、今年は一回も映画館に行ってない、もしくは、とりあえず『鬼滅の刃』だけは観たみたいな話も耳にするので、ここはひとつ、「配信」とか「海外ドラマ」には手を伸ばさず、ストイックに「映画」という括りに絞って10本選んでみるのもいいのではないか。『娘は戦場で生まれた』、『行き止まりの世界に生まれて』、『私たちの青春、台湾』なども、個人的には非常にインプレッシブな映画ではあったけど(どれもおすすめ)、それらはドキュメンタリー映画なので選外として……選んでみたのが以下の10本になります。


1. 『燃ゆる女の肖像』
2. 『はちどり』
3. 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
4. 『フォードvsフェラーリ』
5. 『生きちゃった』
6. 『泣く子はいねぇが』
7. 『朝が来る』
8. 『ブルータル・ジャスティス』
9. 『バクラウ』
10.『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』

 
 
 
1.『燃ゆる女の肖像』 (監督:セリーヌ・シアマ)


2019年のカンヌ国際映画祭のコンペ部門に出品され、パルム・ドールは惜しくも逃したものの(『パラサイト』が受賞した)大きな話題を集めた一作です。画家とモデルの話はこれまでも数多くあったけど、舞台を18世紀末のフランスに設定したこと、画家とモデルをいずれも女性とすることによって、「見る者/見られる者」のあいだに生まれてしまう、ある種の「権力関係」から解き放ってみせたことが、実に画期的だったと思います。フラットな地点から生まれる「見る者」と「見られる者」の純愛。全編にわたって計算され尽くした絵画的な構図も見事だったけど、とても官能的ではあるものの、センセーションに頼らないことによって、観客による性的簒奪からも自由であるという構造の周到さも見事でした。本作のために書き下ろされた謎の劇中歌の官能、クライマックスで響くヴィヴァルディの「四季」の「夏」のエモーションに激しく撃ち抜かれた、文句なしのベスト1です。
 
『燃ゆる女の肖像』公式サイト
 
 
 
2.『はちどり』 (監督:キム・ボラ)


『パラサイト』のポン・ジュノが注目する新進女性監督ということで、早い段階から注目を集めていた本作ですが、その実力は予想以上でした。1994年の韓国、ソウルで暮らす14歳の少女。その「まなざし」を通じて、変貌する韓国の姿を、そして変貌する彼女の「世界」を、リリカルに描いていく本作。そう、自分とは遠い存在であるように思えた「大人たち」ですら、その大きな「世界」の一部であることに、彼女は気づいてしまうのです。世界でいちばん小さい鳥であるにもかかわらず、一秒間に80回も羽をはばたかせるという「はちどり」。それは、幼さを残しつつも懸命に羽ばたこうとしている彼女の姿を意味しているのでしょう。今年は、本作と同年代の主人公の「その後」を描き、日本でも多くの人に読まれた(自分も読んだ)小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の映画化作品もありましたが、そちらよりも断然こっちが良かったです。
 
『はちどり』公式サイト
 
 
 
3.『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 (監督:グレタ・ガーウィグ)


なぜ今、『若草物語』なのか? しかも、『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグが。という点が、観る前はかなり疑問だったのですが、なるほど納得の一作でした。これは現代にも通じるような、やがてそれぞれの道を見つけ出し歩んでゆく女性たちの物語なのです。物語の舞台は南北戦争時代ということで、ややモダナイズされている印象はありますが、主演のシアーシャ・ローナンをはじめとする四姉妹が、とにかく素晴らしかった。母親役のローラ・ダーンも、近所に住む青年ティモシー・シャラメも最高。最後、四姉妹の父親が出張先から戻ってくるところに至っては、もはや悶絶しました(『ベター・コール・ソウル』の主人公ソウルを演じるボブ・オデンカークだったので)。監督自身の翻案のもと、やがて自らの半生を小説にすることを選ぶ主人公。これは四姉妹の物語である以上に、その著者であるルイ―ザ・メイ・オルコットの物語だったのかもしれません。
 
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』公式サイト
 
 
 
4.『フォード vs フェラーリ』(監督:ジェームズ・マンゴールド)


1月公開だったもので、どこか遠い目になってしまいますが、2020年の初頭は、この映画に興奮しっぱなしでした。その名のごとく、60年代に実際あったフォードとフェラーリの対決、すなわちアメリカの大衆車メーカーと、言わずと知れたイタリアの高級車メーカーが、レースで雌雄を決する物語を、フォードのレーサーとエンジニアという男2人の関係を軸に描き出した本作。破天荒なレーサーと堅実なエンジニアという主演の2人の芝居も良いのですが、白眉なのはやはり、CGを使わず実際に車を猛スピードで走らせた、一連のレース・シーンでしょう。待ちに待ったクリストファー・ノーラン監督の『TENET/テネット』も、今年はそれなりに楽しんだけど、やっぱり大スクリーンで観ることの「迫力」と「喜び」は、こちらのほうが遥かに上でした。アメリカ映画は、こうじゃないと……素直にそう思えた一本です。
 
『フォード vs フェラーリ』公式サイト
 
 
 
5.『生きちゃった』(監督:石井裕也)



アジア各国の映画監督が、「至上の愛」をテーマに映画の「原点回帰」を探求する。そんなプロジェクトの一貫として作られたという本作。石井監督の最近作は、『町田くんの世界』になるでしょうが、この監督が長らく抱えているある種の「問題」というか、彼の言うところの「個人的研究課題」が、「至上の愛」というテーマのもと、忖度無用で自由に弾けまくっています。簡単に言うと、幼馴染である男女3人が大人になり……という物語なのですが、その人生は思いのほか過酷です。英語タイトルは、All the Things, We Never Said。「私たちが決して言わなかったすべてのこと」といった感じでしょうか。あのとき言えなかった言葉を今さら言ってみたところで取り返しはつかないのですが、それを言わずにはいられない激烈なエモーション。そして、その「切実さ」。本作における太賀の芝居は圧巻だったし、その親友役である若葉竜也も、フルスロットルの芝居でそれに応えています。

 
『生きちゃった』公式サイト
 
 
 
6.『泣く子はいねぇが』(監督:佐藤快磨)



もう一本、太賀の主演作を。こちらは、是枝裕和監督が主宰する「分福」の若手というか、長らく温め続けていたこの企画で是枝監督を動かした新鋭、佐藤快磨監督の商業デビュー作です。是枝監督の映画で『そして父になる』というのがありましたが、こちらの主人公は、その「若さ」と「青さ」ゆえに、どうにも「父」になれないどころか、地元の祭りである「事件」を起こしてしまい、挙句の果てには離婚を迫られてしまった人物です。端的に言って、しょーもない人物です。地元を離れ、東京でひとり暮らす彼は、やがて地元に戻ってくるのですが、そこから彼は、自分自身にどんな「ケジメ」をつけていくのか。主人公の元嫁を演じた吉岡里帆が良かったです。特にパチンコ屋のシーンが最高でした。そう、この映画を観たあたりから、今年のキーワードとして、ある種の「切実さ」というものが頭に浮かんできて、それが刻み込まれている映画は、それが正しかろうと間違っていようと、全肯定したいと思うようになりました。

 
『泣く子はいねぇが』公式サイト
 
 
 
7.『朝が来る』(監督:河瀨直美)(監督:スティーヴン・マーチャント)



あの河瀨監督が、辻村深月の感動ヒューマンミステリー小説を映画化するということで、正直そんなに期待はしてなかったというか、予告編とかを観ても、「代理母」の話なのかな?ぐらいの感じで、序盤の永作博美・井浦新のパートは、割とぼんやり観ていたのですが、養子縁組の「実母」にあたる蒔田彩珠のパートになった途端、映画は瑞々しい光を放ちはじめ……というか、カメラが回ってない時間も、その役として生活する「役積み」という河瀨監督ならではの演出方法が功を奏しているのでしょう。手持ちカメラを主体とした映像など、ほとんどドキュメンタリーを観ているような生々しい感覚がそこにはありました。ミステリーやサスペンスとしては、いささか弱いというか、そうじゃないものとして非常に素晴らしかったです。いわゆる「エンタメ作品」を撮るようになって以降、その評価を曖昧にしていたところもある河瀨監督ですが、やはりヤバい監督だなと思った次第です。

 
『朝が来る』公式サイト
 
 
 
8.『ブルータル・ジャスティス』 (監督:S・クレイグ・ザラー)



「暴力の伝道師」=S・クレイグ・ザラー監督、初の日本公開作。ブルータルなジャスティスは、この映画には特に存在しないようです。むしろ、そこで描かれるのは、止めようのない暴力の連鎖です。停職中の刑事が強盗団を追う。その金を奪うために。ちなみに、原題は「Dragged Across Concrete」(コンクリートの上を引きずられて)という何とも不穏なタイトルです。というか、この物語で2時間39分は長すぎる。とは自分も思ったけれど、不思議なリズム感と妙なウィットに富んだ会話が次第にクセになるのです。そして、「タランティーノ以降」を感じさせる、確かなその「文体」に、気が付けば魅了されている。ものすごいタイトルがついているけど、実は王道「西部劇」という同監督の過去作『トマホーク ガンマンvs食人族』が、アマプラで視聴可能なのでこちらも是非。クセになります。

 
『ブルータル・ジャスティス』公式サイト
 
 
 
9.『バクラウ 地図から消された村』 (監督:クレベール・メンドンサ・フィリオ)



もうひとつ、今年衝撃を受けた異色の暴力映画を。「見事なまでに狂ってる」という日本版の惹句が危険な匂いを放つブラジル映画『バクラウ』。「バクラウ」とは、ブラジルのとある村の名前なのだけど、その名前がある日、グーグルマップから消えている。誰が何の目的で? そして、村で次々と起こる怪事件。村にやってくる見知らぬ来訪者。序盤はホント、自分は一体何を観ているんだろう……と軽くめまいがしてしまうというか、誰が主人公なのかもサッパリわからない、まったくもって謎の映画だったけど、スピリチュアルからやがてSFに振っていくのかと思いきや、実はこれもまさかの「西部劇」でした。しかも、その戦う相手は、概念としての「アメリカ」なのです。そう、本作の根底にあるテーマは、資本主義の限界が叫ばれるようになって久しい今、極めて現代的なテーマなのでした。2019年のカンヌ国際映画祭で審査員賞に輝いたことはもとより、オバマが毎年発表する映画リストにも、なぜかエントリーしている怪作映画です。

 
『バクラウ 地図から消された村』公式サイト
 
 
 
10.『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』 (監督:ダリウス・マーダー)



2019年のトロント映画祭での高評価を受け今年堂々公開される予定だったはずが、新型コロナの影響によって全米では縮小公開。日本では未公開のままアマゾンで配信という形になってしまったものの、無視するには惜しい可能性を秘めた監督デビュー作だったので、配信のみの作品ですが最後に紹介。ハードコア・バンドのドラマーがある日突然聴力を失ってしまうという物語。しかし本作は、主人公の彼がどのように再起を果たすのか……というよりも、「聞こえない」という事実を、彼がどのように受け入れるかに焦点を当てていくのです。それを「失われた」と感じている限り、彼の心は「失われた」ままなのです。「メタル」と言うよりも、むしろ「サウンド・オブ・サイレンス」というような……。全編にわたる秀逸な音響設計はもとより、奇しくも「コロナ禍」において、さまざまなものが失われた状態にある現在、思わぬところまで響いてくるような映画でした。そのラストシーンが残す余韻は、思いのほか深いような気がします。

 
『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』/amazon prime
 
 

麦倉正樹「暗闇から手を伸ばせ REACH OUT OF THE DARKNESS」
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26558b0200add0f14325c9dd14320e10麦倉正樹●LIGHTER/WRITER インタビューとかする人。音楽、映画、文学、その他。基本フットボールの奴隷。