悔し泣きをしたって
 
うまくいかなくたって
 
好きなものを、ちゃんと愛そう。
 
 
そう思わせてくれた、ある夜の出来事と、
 
ひとりの女性について。
 
 
 
 
■「愛と勇気の“貴ちゃんナイト”」― y’s presents「貴ちゃんナイト vol.8」


 
1

Photo by 岡村直昭

 
もうひと月も前のことになりますが、あるイベントのライヴレポートを担当しました。その名も「貴ちゃんナイト vol.8」。ラジオパーソナリティーの中村貴子さんによるイベントです。始まりは、彼女のラジオリスナーが“貴ちゃん”が番組で紹介した曲縛りの DJ イベントだったとのこと。それを名前ごと貴子さんが引き継いで始まったのが、ライヴイベント「貴ちゃんナイト」なのです。
 
「貴ちゃんナイト」といえば、ラジオパーソナリティーとしての彼女を知る人には納得の、そうでない人から見たら異常事態とも言える、貴子さんにしかできないブッキングが代名詞のひとつ。8回目となる今回も、音楽性も年齢もバラバラの3組が集結しての開催となりました。1番手はメジャーデビュー2年目の若手The Cheseraseraが務め、2番手には9mm Parabellum Bullet の菅原卓郎さんが弾き語りで出演。トリは貴子さんがかねてより出演を熱望していたという、GREAT3が登場しました。この組み合わせでイベントが開催されると知った時の衝撃は、今も鮮明に覚えています。まず自分の他にこの3組を一緒くたに好きな人がいることに驚き、それがあの“貴ちゃん”であるということに更に驚いて、貴子さんが私の為に集めてくれたんじゃないのかと一瞬、錯覚しました。
 
出演の3組について話すと、GREAT3は現体制になってからのアルバム『愛の関係』で虜になり、当時ブログに書いたディスクレビューは今もお気に入りです。そして9mmは10代の頃からずっと聴いていた大好きなバンド。今年始めに『音楽と人』デビューを果たしたのもa flood of circleと9mmの対バンのレポートだったので、勝手に運命を感じています。The Cheseraseraについては…もう少し後で書こうと思います。
 
そして、貴子さんについて。私が中村貴子という人物を知ったのはラジオではなくて Twitter でした。自宅になぜかラジオの電波がほとんど入らず、インターネットラジオが普及する最近までラジオとは無縁の生活を送ってきました。だから貴子さんの「ミュージックスクエア」も聴いたことがなかったし、「モザイクナイト」も最近ようやく聴けるようになった始末。だけど貴子さんのことは、ずっと知っていました。Twitter を始めてしばらくした頃、自分のタイムラインに“中村貴子”なるアカウントが度々の出現することに気付いたのです。よくよく見てみると、好きなバンドが彼女のツイートをリツイートしていることが発覚。それも複数のバンドが、です。それで「中村貴子って一体何者なの !? 」とアカウントを辿ったのが、私と貴子さんの(一方的な)出会いでした。
 
それで早速、貴子さんのアカウントをフォロー。そこで彼女の音楽、アーティスト、リスナーへの熱くてまっすぐな想いを知ることになる訳です。それから“貴ちゃん”の呟きに登場したバンドを聴いてみると、ことごとく自分の好みに当てはまることが判明し、いつしかすっかり“貴ちゃん”ファンになっていたのでした。
 
それから何年か経って、私は音楽ライターとしての活動するようになり、色々なバンドとの出会いがありました。冒頭で書いた若手バンドのThe Cheseraseraも、そのひとつです。彼らとは去年の自主企画『曇天ケセラセラ』のレポートを担当して以来、度々取材をするようになりました。そして貴子さんに初めてご挨拶をしたのも、彼らのライヴの後でした。「貴ちゃんナイト」の時に9mmの菅原さんがMCで、貴子さんとの初対面時に「ホンモノだ…!」と思わず言ってしまった、と話していましたが、私も全く同じで。それでも貴子さんの気さくな人柄に甘えて、音楽が好きで仕事をしながらライターを始めたこと、貴子さんのTwitterのこと等、優しく聞いていただきました。中でも特に印象的だったのは、「20代も楽しいけど、30代はもっと楽しいよ。それで、40代はさらに楽しくて、50代の今がいちばん楽しい!」という言葉でした。
 
去年の夏の出来事だったのですが、私は何も返す言葉がありませんでした。当時の私は…というか今も、なのですが「目の前の原稿がちゃんと書けるかな」とか「次の取材うまく行くかな」とか「そもそも誰からも依頼が来なくなったらどうしよう…」とか。いつも一寸先は不安という状態。それでもやめられないから、やめたくないから、なんとか踏ん張ってきたのですが、ただそれだけでした。それだけになっていたのです。そんなこともあり、今年度の連載を始めるにあたって、私は自分に喧嘩を売りました。
 
 
【好きなことを尤もらしい理由をつけて、あきらめたことはありますか?
愛情を持つことに疲れて、飽きたふりをしたことがありますか?
真剣になるあまりに苦しくなって、馬鹿々しいと嘘をついたことはありますか?
 
好きなことを好きなだけ、続けられたことはありますか?
好きなものに、言い訳をせず「愛している」と言えますか?】
 
 
今から4カ月前。この連載の初回の冒頭に書いた言葉です。自分で書いたこの言葉が、今の今まで泣き言を寸でのところで蹴散らして、こうしてキーボードの上で止まりそうな指に鞭を打ってきました。でも、ふとした瞬間に気付くのです。ああ、動機が不純になっている、と。「好き」という感情の純度を保つことは、どうしてこんなにも難しいのだろう、と。何よりも強くて、しぶとい感情なのに、どうしてすぐ、くだらない言い訳とか暇つぶしみたいな憂鬱に負けてしまうのだろう。そんな堂々巡りに気が付いたら陥っていたのでした。
 
それゆえ、このイベントのレポートをBARKSで書いた直後から、以前のように文章が書けなくなっていました。もちろん、原因はそのレポートではなく、強いて言うなら次の締め切りは 3 週間以上あとに控えたこの原稿だけ、という“余白”だったのだと思います。本当に有難いことに、こんなにあやふやな立ち位置の私にも毎月何かしらの依頼はあって。それとバンドの裏方絡みの作業(これもいつかこの場で書けるといいな)や、編集作業なんかを含めると、何だかんだと慌ただしい日々を送ることが出来ていたのです。そうすると良い意味で目の前の現実にただただ向き合う以上でも以下でもない暮らしになり、余計なことを考える間もなく季節が変わってゆくというテンポにすっかり慣れていました。だから唐突に訪れた余白に、ずっと底の方にあった不安が満を持して呼び起されてしまったのです。
 
②

Photo by 岡村直昭

 
それでも、今回「貴ちゃんナイト」のことを書くことは決めていたので、ひとまず当日のメモを読み返していると、目に飛び込んできたのは「音楽が好きで良かったよね。ほんとに。これからもみんな、音楽を好きでいようね!」という走り書き。貴子さんがアンコールでステージに上がり、フロアのお客さんに呼びかけた言葉でした。
 
この日会場には“貴ちゃん”ファン、そして各バンドのファンが来場し、とても幅広い年齢のお客さんが集まっていました。お酒を片手に会話に花を咲かせる人、会場に流れる音楽に耳を傾ける人。思い思いに楽しんでいる姿が、とても印象的でした。一歩会場を出ればみんな、親、嫁、サラリーマン、学生…と、何かしらの肩書きを背負った生活が待ち受けているはずで。声を大にして「好き」と言いたいのに。好きなものを全力で愛したいのに。「でも」「けど」「だって…」とためらってしまうことも少なくないと思います。「貴ちゃんナイト」とはそんな人たちが、ただの「音楽好き」でいられるように、貴子さんが用意してくれたとっておきの夜なのだと、改めて感じました。
 
私にとっても、日々の暮らしの中で音楽ライターとしての活動を続けることは、戦いです。楽しいことも、嬉しいこともたくさんあるけれど、悔しいことやつらいことも同じくらいか、それ以上にあります。だけど、やっぱり私も音楽が好きで、それをこうして言葉にするのが好きなのだということを、あの日の貴子さんの言葉と笑顔が気付かせてくれました。
 
だから私の今の目標は、次の「貴ちゃんナイト」が開催されるその時までに、もっと自信をつけて貴子さんみたいに「今が楽しい!」と言い切れるようになること。そのためにも勇気を出して、好きなものを心行くまで愛してゆこうと思います。
 
 
レポートは現在BARKSにて掲載中です。ぜひご覧ください。
 
 
 
 
■end “ROCK’N” roll vol.5 ― a flood of circle「青く塗れ」


 

 
この本文を書きながら、今回のテーマはもう、この曲しかないと思っていました。a flood of circleが結成10周年の節目にリリースしたベスト盤『THE BLUE』に、新曲として収録された「青く塗れ」。〈好きにやるのは/覚悟がいるよ〉と言ったその後で〈やりたいことしかやりたくないのさ/俺の人生/お先真っ青〉と歌ってみせる彼らと、貴子さんの凛とした心意気が重なった。それにしても、afocはいつも絶妙なタイミングで喝を入れてくれる。〈超えてゆけBABY / 憂鬱のブルーを超えて / 青く塗れ〉やっぱり、同世代のこのバンドを戦友のように思わずにはいられません。
 
 
 
 
 


 
①photo by Airi Okonogiイシハラマイ●会社員兼音楽ライター。「音小屋」卒。鹿野淳氏、柴那典氏に師事。守りたいのはロックンロールとロン毛。新宿ロフト40周年記念して開催された、初恋の嵐とメレンゲのツーマンライヴの模様をレポートしました。初恋の嵐のゲストヴォーカリストは、お馴染みの堂島孝平氏と、中田裕二(ex.椿屋四重奏)氏!