この連載はついに割り切ってエッセイもアリになりました、私の中で勝手に。
ん?……すでにアリだったかもしれないですね。
 
先月末に30歳になりました。ありがとうございます。20代最後の一週間が予想をはるかに超えて多忙すぎたので、悪あがきもすることなく、どっしり構えて誕生日を迎えました。敢えて書いておきたいことといえば、ここ3年連続で誕生日を祝ってくれるメールもしくは食事の席で、友人から「恋人ができた!」という報告を受けることが続いています。いいですかみなさん、私の祝いの席ですが、友人がめでたいことは嬉しいことなんですよ!(強調)みんな、幸せになりなよね!
 
さて、最近起きた私の人生にとってバカでかい出来事を書かせてください。
 
心の拠り所だった喫茶店が、年内で閉店することになりました。老朽化により建物の取り壊しが決まり、家主さんの希望でそのあとにマンションが建つことになったからだそうです。店主に訊けば移転して営業を続けるという気はさらさらなく、あの場所で「やりきった」のだ、という話しでした。寂しいけれどそれはとても納得のいくことで、いろんな条件がバチっと合って、ほとんど奇跡的に、ものごとは成立しているのだと改めて思わされました。そこは私が大阪に進学してから転職して東京で働き出すまでの約6年間、とても濃密な時間を過ごした場所でした。離れてからも大阪に行くことがあれば必ず寄れるように日程を組んだものです。
 
もともと大学の友だちが少なかったのもあるけど、なるべくひとりで居たかったその頃の私にとって、この場所で過ごした時間がどれだけ重要だったかはかり知れません。沢山の本を読んで、地元の友だちに手紙を書いて、人生で3番目くらいにしんどかった時期には繭となり私を包み、就職活動中はエントリーシートを書きまくり、卒論を書いて、転職のための履歴書や課題を書いて、趣味の書き物をして、物思いに耽って、何度も迷ったけど大阪を出て東京で働くことを決めて。
 
とにかくこれでもかってくらい自分と向き合いまくった場所。カウンターの一番奥が学生時代の私の特等席でした。明るい時間に入って、暗くなってもそこで何か書いたり読んだりし続けてるもんだから、店主はいつも机にある小さなあかりを指して「点けてくださいね」と言ってくれました。
 
 
 
01▲右端がかつての特等席
 
 
 
豊富な種類の紅茶と、スコーンやチーズケーキをはじめとした焼き菓子が自慢で、一人暮らしでお金がなかった学生時代も、ここでは豪遊していいと決めて、いつもお茶とケーキを楽しんでいました。スコーンが焼ける匂いの幸福さといったらいちど嗅ぐだけで寿命が20年くらい伸びそうなほどで、アプリコットチーズケーキは世界一美味しい。あずきのチーズケーキなんていうのもあって、スコーンでもあずき入りがあるんだけど、とにかく美味しくて、脳が開きます。もう食べられないなんてなあ。
 
 
 
02▲神懸かり的に美味いスコーンとアプリコットチーズケーキ。ここで初めて注文したスコーンとキャンディという紅茶でしめました。
 
 
 
03▲最後だから悔いの無いように、ケーキの前にトーストサンドとラムチャイを食す。
 
 
 
すでにお店の中はものが少なくなっていて、本棚の本たちも減っていました。「記念に1冊持って帰って」との言葉に甘え、片っ端から開き直し真剣に選ぶこと2時間。友人は用事があったので先に店を出るため私も一緒にお会計を済ませ、片隅に荷物を置いて本を選んでいたのだけど、夜中の片付けと一緒で本を開くごとに思い出が蘇り、全く進まなかったなあ。コーヒーを淹れる香りに観念して、結局もう一杯いただくことにして読書は続く。段々収集つかなくなってきて、誰にもバレてなかったと思うけど途中から泣きながら読んでた。「記念の1冊」をしぼりあぐねている私を見かねて「迷ってるなら両方持って行きなさい」と、結局クウネルのバックナンバーと、猫沢エミさんの著書を頂きました。
 
 
 
04▲残りの本たちの一部。
 
 
 
荷物をまとめ最後の挨拶をするとき、実はもうひとつ心残りがあって、それはアイスティーに添えるシロップ用の小さなピッチャーのことで、初めて見たときからひと目惚れしていたのだけど。「もし営業を終えて、処分するようであれば、ぜひ譲ってほしい」と、すきな人に告白するくらいの勇気を振り絞って伝えたら、店主はくるっと振り返って棚からパッと取り出し、「持って行きなさい!」と大きく笑ってそのまま手渡してくれたのです。そんなわけでまだあと数日営業が続くのに、それは私のもとにやってきました。割れないようにハンカチでぐるぐる巻きにして、新幹線の中で何度も取り出しては眺め、溶けるくらい撫でてからまた包んでカバンに仕舞いました。一生大切にします。嫁をもらった気分です。そうかあ、世の中の男の人は、結婚するときこんな気分なのだろうなあ。
 
 
 
▼クウネルと猫沢エミさんの『パリ季記』とうちに嫁に来たピッチャーちゃん

私が最後に会いに行ったのが21日。これを書いているのが22日。あと3日で、私の人生において私を産み落とした親と同じくらい重要な、今の私の土台となった場所がなくなってしまう。心のよりどころが、完全に心の中だけの存在になってしまう。誰しもきっとそういう場所を持っているのだと思います。実家だったり、自分の部屋だったり、美容室だったり、ライブハウスだったり、誰かの音楽だったり、本だったり、服だったり、恋人だったり、動物だったりするかもしれません。いつか失ってしまうとしても、そんなふうに大事だと思えるものと共に過ごせた時間は、何にも代え難い宝物なのだと思います。宝物は多ければ多いほど良いかといえばそういうことじゃなくて、そのひとつひとつに意味がある。それを大事にしていれば、たいていのことは大丈夫です。大事にする気持ちを忘れないように、生きていたい。
 
 
 
今はまだ喪失感で気が狂いそうだけど、その穴を埋めるどころか溢れんばかりの感謝を、関大前にあったdropに伝えたい。店主の大用由美さん、本当にありがとうございました。これからもよろしくどうぞ。
 
 
 
 
 
 
いとう・さわこ●都内で働く結果オーライ派のOLです。3年くらいずっと面倒見てもらっていた整体の担当者が辞めてしまい絶望してたら、整体と使い分けて通っていたタイ古式マッサージのセラピストさんまでも来年1月半ばで退職することになりました。30代という荒野に丸腰で乗り込むみたいな心細さだけど、だ、大丈夫、なんとかする。今年も身勝手不定期連載にお付き合いいただきどうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い致します!それはさておき、この蒼井優がすごいかわいいんだけどどう思う?自分好みな女性みたいになりたいって思っても、なかなかなれないのが人生ですよね〜。