「今歩いているこの道がいつか懐かしくなるはずだ」


新型コロナウイルスによって、当たり前のように過ごしてきた日常の景色が一変してしまい、ずっとモヤモヤとした想いを抱えています。楽しみにしていたライブや舞台の中止はおろか、日々の生活まで脅かされるなんて。誰も経験したことがない緊急事態に直面して、今はただおとなしく、家で過ごすのみ。でも、確実に収束へと向かっていることを信じて、斉藤和義さんの「幸福な朝食 退屈な夕食」が心に沁みる日々です。


毎月、こちらでライブレポートなどを紹介させていただいていて、ライブの延期や中止が決まったとき、正直、このような状況でこのまま書き続けていいのか、立ちすくんだこともあります。その時、このYUMECO RECORDSの主宰者である上野三樹さんの言葉に救われました。「こういう時にこそ、流れに飲まれることなく、想いを書いて残しましょう」と。こういう時だからこそ。その想いが、この企画「Live Love Letter~私たちが愛するライブハウスへの手紙~」につながっているんですね。私にとって、ライブは、日々のご褒美のような存在で、特に数百人のキャパで観るライブハウスは、ふだんのライブよりも演者との距離が近い分、格別の想いがあります。


今まで、多くのライブハウスに足を運びました。どのライブハウスも個性豊かで、その土地になくてはならない唯一無二の存在。長きにわたって多くの人から愛され、溢れる音で活気に満ちていて…。和義さんの初めてのライブも、ライブハウスでした(1996年新宿リキッドルーム・現在は恵比寿に移転)。とにかく歌に惹かれて「歌が聴ければそれでいい」と後方で構えていたら、長身の和義さんのかっこいいこと。思わず前に駆け寄っていきましたね(笑)。ステージとフロアの近さ、ギターをかき鳴らす指先まで間近で見られるライブハウスの魅力にすっかりはまってしまいました。

 
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京都・磔磔(たくたく)

 

そんな和義さんがきっかけで、“憧れ”のライブハウス、京都・磔磔(たくたく)を訪れたのは、2001年3月。和義さんをゲストに迎えて行われた三宅伸治さんの「40th Birthday Party」でした。大正時代に建てられ、当時は酒蔵として使われていたという磔磔は、にぎやかな四条通りから、細い路地に入った住宅街にある木造の建物で、それまでに行ったライブハウスとは一線を画す佇まい。ノスタルジックで味のある木のフロア、壁には、アーティスティックなウェルカムボードの数々。ウィルコ・ジョンソンの写真や伝説のロッカーたちのボードは圧巻で、磔磔の歴史を物語っていました。一番驚いたのは、客電が落ちると、ステージ後方にある階段から三宅さんと和義さんが降りてきて、観客の横を通りステージへと向かう、その登場シーン。ちょっと照れくさそうな和義さんが微笑ましかったし、三宅さんが和義さんを見るまなざしがとても優しくて、とにかくアットホームなライブだったことを記憶しています。


あの日以来、磔磔は、憧れから大好きなライブハウスになりました。スタンディングのライブもあれば、お酒と食事を楽しみながら観るライブもあって、磔磔だからこその味わい、パッケージ込みの魅力も大きいと感じます。ずっと憧れていた、大土井裕二さん(ex.チェッカーズ)にお会いできたのも磔磔だから、でした。裕二さんは「私の人生を変えた人」。私が書くことを志したきっかけの方で、いつかお会いする機会があったら、何十年分の「ありがとう」を伝えたいと思っていました。でも、無理だろうなと諦めていたとき、ライブ終了後そのまま打ち上げ会場になったフロアに、ビールを片手に出てこられた裕二さん。私の告白にちょっと驚きながらも、ニコニコと、夢にまで見たあの笑顔で私の話をじっと聞いてくださったことも嬉しくて、忘れられない思い出です。


そして、2003年9月、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェル・ガン・エレファント)の「LAST HEAVEN TOUR」で、アベフトシを最後に観たのも磔磔でした。解散を受け入れられなかった私には、すぐそこにいるアベが、とても遠くに見えた。アベも心ここにあらずに見えたけど、何度か、神妙な表情を見たような気がして、ライブ中、あれは何だったのかずっと気になっていて。それがわかったのは、2度のアンコールを終え、ステージを後にするときでした。アベはピックを投げ、「ありがとう」と腕を振り上げた。……あのとき、初めてアベの想いがふっと見えたような気がした。あの表情は、もしかしたら磔磔での光景を見納めていたのかもしれないと。今となっては想像でしかないけれど、アベの想いも、あの豪快なカッティングも、すべて伝説のロッカーたちの鳴らした音が染み渡っている壁やきしむ床に刻まれ、重ねられているのだろう。だから、よけいに、この場所が愛おしく思うのかもしれません。

 
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ライブのたびに制作されたボードのポストカード

 

現在、ほとんどのライブハウスが営業を停止しているなか、この状況を何とかしようと、磔磔はじめ、全国のライブハウスを支援するプロジェクトが広がっています。私も微力ながら支援をしていきたいと思っています。近い将来、必ず、この日のことを懐かしく思う日が来る。そのときまで、ご褒美は大切にとっておこうと思います。

 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。雑誌編集、放送局広報を経て、現在は主に校閲をしたり、文章を書いたり。YUMECO RECORDSにて「虹のカケラがつながるとき」連載中。好きなものは、斉藤和義さん、GRAPEVINE、The Birthday、向井理さん、お笑い、お馬さん…そして、校正。原稿に向き合うと、自然に背筋が伸びて気合が入るのです。文字と文字の間に潜んでいる誤字脱字を見つけるのが楽しくて夢中になっている姿に、「探偵」みたいと言われてしまいました(笑)。