IMG_20200415_231857

下北沢Daisy Barで出会ったバンド・The Doggy Paddle物販コーナーの一部

 
 

今、私の日常から音楽が消えていこうとしている。
目に見えないと恐怖と、目に見える脅威。その両方によって。


YUMECO RECORDSをご覧の皆様、お久しぶりです。そして初めましての皆様、会社員の姿で世を忍びつつ、夜な夜なライブハウスに通ってはロックンロールを愛でる音楽ライター・イシハラマイと申します。


この状況をどうにかしたい。でも、一体何をしたらいいのか。あまりに膨大な敵を前に、身動きどころか感情の動きさえも取れなくなる日々。そんな時に目にしたのが、ミュージシャンたちがSNSに投稿した自宅での弾き語りや演奏の動画でした。そうだ、まずは自分の領分――つまり書くことから始めよう、と思い至って筆を取った次第です。


小学5年生で、初めてCDを買った時から、大人になった今に至るまで。病める時も健やかなる時も、いつも側にいてくれた音楽。そして、その音楽との距離を近付けてくれたのは他ならぬ、ライブハウスでした。もっと言えば、ライブハウスと出会わなければ、私が音楽ライターと名乗ることもなかったのです。


いわゆる小箱と言われる数百人規模のライブハウスに通うようになったのは、社会人になってから。そういう意味ではライブハウス歴は、決して深くありません。それまではアリーナや、ライブハウスの中でもZeppやBLITZといった比較的大きな規模の会場に行くことがほとんどでした。そんな私をライブハウスに誘ったのは、ある日突然地元のTSUTAYAにできたインディーズロックコーナーと、そこで出会ったバンド・a flood of circleという存在。


フラッドを観るべく、人生で初めて訪れたライブハウスは、東京・下北沢Daisy Bar。大通りに面している訳でもなければ、大きな看板が出ている訳でもなく、地下に続く階段の横にその日の出演バンドが記された黒板がひっそり出ているだけの、THEライブハウスという佇まい。ドキドキしながら階段を下りて重たい扉を開けたあの時の感覚は、今でも鮮明に覚えています。そして、その扉の奥に広がっていたのは、それまでのライブとは全く異なる空間でした。まず、距離感。フロアとステージの近さより、一番感じたのはお客さん同士の距離感で。自分と同じようにひとりで来ている人も多いし、複数人で居てもライブが始まれば各々好きな場所で観始める。心置きなく、そして心細さを感じずに、安心してひとりで好きな音楽に没頭できる環境。それが心地良かった。大きな会場で感じた、ひとりでいることの心細さや疎外感とは全く違う感覚でした。


ちょっとした偏見を承知で言うと、ライブハウスに集う人たちって、少なからず孤独を抱えているのだと思う。まず、自分と同じ音楽を聴いている人が周りにいない。さらに社会人にもなると、音楽を熱心に聴く人さえも少なくなる。私自身、そんな環境の中で仕事を急いで片付け、電車に乗り込み、下北へ向かう自分は、異質だろうなという自覚はありました。だけど、ライブハウスにいる時だけは、何も気にならない。ひとりでいることが、孤独にならない場所であり、自分の好きなものに正直に向き合える場所。それが私にとってのライブハウスなのです。


そうしてすっかりライブハウスに通う内に、またひとつ気付くことがありました。それは、まだどこのメディアも取り上げていない、格好良いロックバンドがたくさんいること。彼らの魅力を、どうにかして伝えたい、語りたい。そう思うようになったのです。そこで、今回と同じように自分ができることを考えたとき、細々とライブの感想を書いていたブログのことが、頭に浮かびました。私には書くことしかできないし、文章だからこそ伝えられる魅力があることは、たくさんの記事を読んできた自分が一番分かっている。ならば、書くしかないのだ。


思い立ったら吉日、とブログにあれこれ書くも、間もなく大きな壁にぶち当たる。まだ知名度の低いバンドの記事を、ただの素人がブログに書いたところで、読む人なんて殆どいないのです。だから、自分が書くことで少しでも付加価値が付けるために、肩書が欲しい。ただのブログじゃなく「音楽ライター」の書いた記事ならば、少しは目に留まるんじゃないか、と。そこでブログを続ける一方で、音楽メディア人養成講座にも通い、なんとか足がかりを見つけようとしたけれど、卒業すれば誰かが音楽ライターと呼んでくれるわけでもなければ、急にどこからのメディアから執筆依頼が来るわけもない。


途方に暮れそうになった時、答えをくれたのはヒントをくれたのは、やっぱりライブハウスでした。ここに出演するバンドは皆、自分たちでバンド名を決め、ステージにあがることで自らにギタリスト、ベーシスト、ドラマー、ボーカリスト、という肩書をつけている。決して誰かに与えられたわけじゃない。それならば、と私も受け身はやめて、音楽ライターを名乗ることを決めたのです。不思議なもので、名は体を表す、じゃないけれど名乗ってからは少しずつ文章を書く場が広がっていきました。


そして有難いことに数年経った今も、私は音楽ライターとして、このような記事を書いています。もしもあの時、ライブハウスに通わなければ、環境に流されるまま音楽との距離は開いてしまったかもしれない。だから私にとっては、Daisy Barの重い扉を開いたことが、進学よりも就職よりも大きな人生のターニングポイントです。ライブハウスにも、そこで出会ったバンドたちにも、まだ恩返しはできていません。だから、またライブハウスに通う日常が戻ってきたあかつきには、ライブハウス、バンド、ライターで何か面白いことを企もうと思っています。

 
 
 


 
プロフィール用 イシハラマイ●会社員兼音楽ライター。「音小屋」卒。鹿野淳氏、柴那典氏に師事。守りたいのはロックンロールとロン毛。2015年より4年間、YUMECO RECORDSにて『やめられないなら愛してしまえ』を連載。2016年11月号より『音楽と人』レビュー陣に加わる。Daisy Barの次に良く行くライブハウスは池袋Adm。