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安藤裕子が新曲「レガート」を期間限定で無料配信している。

この期間限定の区切り方が少し変わっていて、彼女がフェスに出演する、その当日の前後のみの期間限定。なので、このことを知ってすぐにサイトにアクセスしてもまだ期間じゃなくてじれったい思いをするかも知れない。だけど今回はこの曲について、ライジングサンロックフェスティバルで観たライブについて、書きます。

「レガート」は静かでポロポロとしたピアノで始まる美しいバラードだ。そうやって簡潔に説明するとずいぶん簡単に聞こえるけれど、実際は一言で片付けられるものではない。むしろ説明できないところにこの曲の、安藤裕子の魅力がある。…仮にもライター志望のOLが、いきなりさじを投げるのはちょっとどうなのかと自分でも思う。ただ、この曲の魅力を説明しにくいのは、歌とリスナーが密に向き合えることにある。

今年初めて、ライジングサンロックフェスティバルに参加した。姉に誘われた時はあまり乗り気でなかった私だが、石狩の地で私は「楽しい」「なんだここ」「もうすぐ死ぬのかな」しか言っていなかった。素敵な音楽が夜通し色んな場所で鳴り続け、美味しい食べ物がある。そしてそれを自由に楽しむ観客の姿。大げさでなく「ここは桃源郷か」と思った。

そんな素晴らしいフェスに安藤裕子が出演するという発表はライジングが週末に迫った、それくらい直前になされた。更にその直前に「レガート」をダウンロードしていた私は軽くガッツポーズを決めるくらい嬉しかった。そして、点がつながるようなタイミングの良さに、こういう縁ってあるんだよな、と少しにやけた。

当日、安藤裕子のステージはこぢんまりとしたウイングテントを張っただけのような場所だった。始まる前は本当にここでやるのかなと思っていたけれど、開始時間の20時近くになると、テントの目の前は沢山の観客で埋められた。駅前で歌うシンガーを、皆で座って、息を潜めて待っているような雰囲気だった。8月の半ばといえど、北海道の夜は肌寒い。その澄んだ空気のおかげか、雲が低くだだっ広い空には沢山の星が見えていた。

温かい拍手に迎えられて登場した彼女が「こそっと出て、さっと帰ったらいいかなと思ってさ」といたずらそうに呟くと、緊張していた観客の空気がふっとほどける。この日の伴奏はアコースティックギター一本。安藤裕子の名前を一躍有名にした「のうぜんかつら」から始まり、珍しい曲を…という前置きで始めた「手を休めてガラス玉」を披露すると観客から歓声が上がる。3曲目は、まだ名前もない新曲。そして「レガート」について「最初は恋愛の歌だと思ってたんだけど、自分が自分でいられる相手なら、たとえば家族とか、友達でも贈ってみたらいいんじゃないかな」と語って歌い始めた。

<あなたが笑って私は泣いた>

この出だしがとても好きだ。第三者でない、目の前の「あなた」に影響されて感情が動くのはすごくまっとうなことだから。大切な人が相手だからこそ、とんでもない幸せを感じたり、絶望的なほど無力を思い知ったりする。それはおそらく誰もが経験し得ることで、この曲にそこにいた人間ひとりひとりが色んな景色を浮かべたはずだ。だから、私は「レガート」の魅力を「こうだ!」と言い切ることができないのだ。安藤裕子の歌声は、ひとりひとりの心に向かって入ってくる。ここに集まったたくさんの観客が、確かに同じ空間で、同じ歌手の歌を聴いているし、その空気を共有している感覚もある。だけど安藤裕子は100人の集合体に歌っているのではなく、結果的に100通りになった、一対一の関係に対して歌っている。それくらいの距離感で、いわばパーソナルスペースにするりと入り込んで、語りかけてくる力を持っている。それをそこにいる観客全員で体験しているのは、ひどく心地良かった。

最後に演奏された「世界をかえるつもりはない」もこの日のハイライトだった。この曲をここで初めて聴いた私は、その激しさとむき出しっぷりに震えた。ほとんどずっと叫んでいたからだ。そして、安藤裕子という人にとって歌そのものが言語なんだと思い知らされた。彼女は言葉を知らないわけでも、ましてそのセンスがないなんてあり得ない。だけど話して伝えることよりずっと、伝えられるものが彼女にとって歌だった。心や魂といった目に見えないものを、安藤裕子は全身を使って、喉を震わせて私たちに届けてくれる。それはもはや言語のひとつなのだ。そんな力を持つ歌だからこそ、彼女の楽曲と私たちの間には、密度のぐっと濃い、そこだけにしかない関係性をつくり上げる。それは、でこぼこして不格好だったり、体温が伝わるほど生々しかったりするのだと思う。

<ああ
冬の匂いに 夏の気配を あなたと共にすごしたい
色づく木々と色めく花よ 時を止めずに周り続けろよ>

 

次回の「レガート」配信は9/13(土)12時から。
この曲を聴いて、あなたは誰を思い浮かべ、誰にこの曲を贈りたくなるだろう。

 

特設サイト:http://sp.avex.jp/ando-yuko/legato/index.html

 

 

 

 

あおき・みほ

1988年生まれ、愛知県在住。スピッツで育ち、BUMP OF CHICKENに涙し、カラオケでPerfumeを踊るOL。音楽ライター講座・音小屋で出会った仲間と日々奮闘しています。音楽のほかには猫、コーヒー、ディズニーなどが好きで、元気がなくなると「塔の上のラプンツェル」をそっと見始めます。そしてまだまだ初心者ですがスキューバダイビングも趣味。ストレス溜めている人、海、潜りましょう!文面だけ見ると多趣味でアウトドアな人っぽいですが、実際のところ人見知りが悩み。ポリシーは「健康第一」。