この連載も気が付けば、早くも第十回目です。そんな区切りを迎えるにあたりまして、私のキーポイントとなった国のことについて、この度は書かせて戴こうと思います。

 

私は、10代後半の時に本当はインドに行きたくて堪らなかったのですが、時間はありましても、お金や体調など色々融通がきかなくて難しく、叶いませんでした。インドへ行きたかった、その理由のひとつにそのときに遠藤周作さんの『深い河』の持つ世界観に魅せられていたという若気の至り、凡庸な、といいましょうか、非常にまっすぐな熱情がありました。『深い河』とは、宗教観などへのバイアスを抜きにしまして、登場人物の各々が「救い」もしくは「清算」を求めてインドの路程で、そして、ガンジスでなにかしらを気付く、という話です。キリスト教のモットーの「唯一神論」と日本の「汎神論」折衷されました中で、人間がどうあるべきなのかという命題が丁寧な筆致で描かれていて、遠藤氏の代表作かもしれません『海と毒薬』よりも彼の作品ではよく読んだものでした。

 

 

内容を知っている方もいると思いますが、もう少しだけ、『深い河』のことにつきまして蛇足ながら、触れます。この作品には、色んな人物が色んな想いを持って、登場します。癌で亡くしました妻の最期の言葉として「自分は輪廻転生し、必ず生まれ変わるから見つけてほしい」と言われた老年の男性、その男性が抱えます妻への冷ややかながら、熱い愛慕の念。“他人を心から愛したことのない“女性が、多くの男性の心を弄びながら、その中の一人に神父を目指す真面目な男が居て、今はインドの修道院にいること。童話作家の中年の男性は結核を患い、その病院に連れてきていました唯一、心許せる九官鳥を手術中の煩事に餌をあげ忘れ、亡くしてしまい、ただ、手術中に自分は一度、心肺停止状態にあったのだと聞かされ、九官鳥が代わりになってくれたのだと思い、インドで九官鳥を一羽買い、野生保護区に帰すことで償おうとすること。戦時中の陰惨な事柄とその後の生き延びたある戦友の懊悩を弔うために、仏教の発祥たるインドへ行こうとする老人。クリスチャンとしての重みを模索しながら、ガンジス河で生の最終地を求めて集まってきながらも、貧しいために葬ってもらえなかった人たちの死体を運び、火葬して、ガンジス河に流す仕事をする男性。そんな多様な人達がカルマ(業)を抱えて、インドという国、場所に、想いを別々にして集まります。

ガンジス河は、実際に初めて訪れましたときも思ったのですが、民族、人種など関係なく、ただ生きている人たちの死や痛みを、飲み込んでくれるような大らかさとバイタルな何かがありました。映像で観た方もあるでしょうが、決して綺麗な河ではありませんし、旅行気分で気軽に入りますと、細菌にあたったりもします。ただ、これだけ近代化し、物質的な概念が社会を覆いましても、インドにおけるガンジス河というのは不思議な存在感を持っていました。

 

最初の訪問は、08年の5月でした。インディラ・ガンジー国際空港に着きましたら、30度も越え、湿度も高く、汗が噴出しましたのを想い出します。その後、ニューデリー市内に入りまして、少しだけ散歩致しますと、「バクシーシ(喜捨)!」と子供たちの波に囲まれました。1ポンドずつくらいあげていますと、キリがないので、現地の人に「もう、あげない方がいいよ。彼らもそれで食べているのだから。」と忠告を受け、従うことに。ニューデリーや都市部は近年、都市化が進み、整備されていっているものの、野菜関係や、水が使われている関係は「危ない」と聞いたのもあり、当初、毎食のようにカレーを食べていました。ちなみに、言うまでもなく、カレーは美味しいです。

インドといえば、カレーもそうですが、映画も有名です。『ムトゥ 踊るマハラジャ』は日本でもヒットしましたが、三時間くらいは優に超えますボリウッドという賑やかなものがメインで、日常の娯楽としてみんなに愛されています。

 

また、ベリーダンスも日本でも教室が増えてきたので知っているかもしれません。ベリーダンスは、イスラム時代以前・エジプトより口承で伝承されてきました、ある種、特殊な踊りをさしますが、主に中東が西洋諸国の植民地だった時代、西洋の女性たちの中でもそれを模倣する人たちも多々出てきました。例えば、ルト・セイント・デニスなどもバレエの要素をベースにオリエンタルな要素を「加味」していたという表現が正しいでしょうか。また、近年、シャキーラやビヨンセといったアーティストもダンスによってはオリエンタル性を取り入れていますが、現代は別にしまして、1900年代初頭の中東、西洋におけるダンサー(舞踏家)というのはモラルの外の存在だったりしましたり、ベリーダンスとは求愛や性的イコンのアピールの舞踏ではなく、女性の持つ「丸み」を強調する所作でもあったはずなのですが、どこかで曲解もされて、今やダイエットのためのダンスとして伝わっているのも不思議ながら、興味深く感じます。

 

インドは地図で見てのとおり、本当に広く、私もまだまだ未踏の場所は多く、これからも行きたいところは尽きません。人口規模もそうですが、あの生命力の塊のような場所に飲み込まれる感じというのは、他国では味わえないこともあり、同時に、人間の小ささも想います。

 

 

最後に、宇多田ヒカルさんの歌に「Deep River」というものがあります。「いくつもの河を流れ、訳も聞かず、与えられた名前とともに、すべてを受けいれるなんてしなくていいよ」と綴られますが、私はインドの雑踏に紛れたときに同じような感覚をおぼえました。与えられたままの名前ですべてを受け止められなくても、そのすべては名前ではない何か、在ることで受け止められるのかもしれないことと言いましょうか。

 

 

天変地異や紛争も多い昨今ですが、どうか多くの人たちの生が緩やかな河の流れが交わるよう新しい続きを描くように願いつつ、筆を置きます。

 

 

まつうら・さとる●1979年生、今年もあと数ヶ月と思いながら、毎日が何かと密度が濃く過ぎていきます。音楽や文学、映画など文化はやはり栄養に変わり、鍛えてくれます。大好きなミネストローネが美味しい季節になってきて嬉しい限りです。