わたしには、ときたま人に笑われることさえあるほどの懐古癖、後ろを振り返る癖がある。思い出す事柄はさまざまで、悲しかったわたしの中での事件のこと、楽しかったあの日のあの時のあの人の笑い声など、とにかく頭のなかからなんでもかんでも引っ張り出してきては愛でて、また仕舞う。

そしてその癖が一番暴走するのが、深夜を走る高速バスの中なのだけど、みなさん乗ったことはございますか?夜行バス、というやつ。

わたしは大阪で暮らしている学生で、お金はないけど時間だけは山のようにある毎日を送っている。だから東京でどうしても見たいライブが行われる場合は、悩み時間3秒ほどで行くことを決めてしまうのだけど、いかんせんお金がないのでだいたい夜行バスを使って東京へ向かう。新幹線で13000円かかるところ、夜行バスなら最安で3000円で行けてしまう、なんてリーズナボーなんだ!素晴らしいぞ、バス!と言った感じですっかり夜行バスの虜なのだけど、バスの魅力はもうひとつあって、むしろわたしはもうひとつの方の魅力に完ぺきにやられてしまっていた。

夜行バスというのは、出発してからしばらく経って高速に乗ってしまうと、何も見えなくなってしまうほどにほぼ全ての明かりが消されてしまう。そしてやはり『夜行』バスだから、就寝する乗客がほとんど。つまりiPhoneなど明かりを放つ物の利用も憚られる。出来る事といえば音楽を聴いてじっとしていることくらいなのだ。

じっとしていることしかできない。ここなのだ、わたしがやられてしまっていた夜行バス最大の魅力は。

じっとしていることしかできないから、自分の脳みその中をぐるぐると廻りまわるしかない。これすなわち夜行バスの中は、わたしの癖である懐古行動をするのに絶好のシチュエーション。癖のつもりだったものが夜行バスによって半ば趣味のようなものに変わってしまった。とにかくそんな理由で、夜行バスに乗るのが楽しくて仕方がなかったのだ。

 

12月9日、「YUKI tour“MEGAPHONIC”2011」のために東京へ向かった。もちろん夜行バスで。

ライブまでの時間を、ある大人の方と過ごしたのだけど、何の気なしにさっきの夜行バスにまつわる色々をお話したら、「暗いね~」と一蹴され、わたしは自分のしている行為が暗いものなのだとそこで初めて気付かされた。自分のことを暗いと言われ、わたしの中で変なスイッチが入ってしまったのか、なんだか無性に自分のことについてずけずけ言ってもらいたい気分になった。新宿の母のような人に。するとその方のお知り合いに霊視が出来る方がいるとのことで、来ていただくことになったのだ。

正直なところを言うと、それまでのわたしはそういうスピリチュアルな事柄を、故意に一切生活の中から排除して生きていた。意地でも信じたくなかったのだ。だからわたしの中で、あの風水師のDr.氏は全国の家々をカラフルに染め上げたいという野望を持ったジイさんでしかなかったし、オーラ湧き上がる泉の前で、金髪の方の隣でお喋りなさっていたあの方はただ着物を着てテレビに映っているだけの屈強のオッサン。おそらくこれを読んでいる方々の中にも、同じように思っている人が山ほどいるだろう。でもあるんだよな、この世には。スピリチュアルな力ってもんが。信じたくないけど信じざるを得ない、目の前でやられてしまったら。

その霊能者の方が来られて挨拶もそこそこに、わたしは紙に自分の名前を書くように促され、書いた紙を渡した。そしたらその霊能力者の方は紙の上に自分の手をひらりひらりとかざして、わたしのことを次々と言い当てるのだ。それはもうどんぴしゃりと。わたしは全国に散在するすべてのスピリチュアルパワーに謝りたい気持ちになった。すまん。

言われたことをすべて書くのは恥ずかしいので自粛するけれど、要すると「後ろばっか向いてんじゃないわよ」ってことと、「頑なさをほどきなさい、素直になりなさい、損するわよ」ってことを言われた。分かってはいたものの、どうもやっぱり懐古行動の楽しさを捨てきるわけにはいかず、釈然と出来ずにいた。

 

言われたことを忘れないようにひとつずつ反芻しながらタクシーに乗り、わたしはライブ会場である国立代々木競技場第一体育館へ向かった。着いたのは開演時間ギリギリで、席を見つけると同じくして会場が暗転。鼓動のような音が響き渡り、アルバム『megaphonic』のジャケットと同じ、花火の前で伸びやかに駆け踊るYUKIの映像が流れだした。

映像が終わるとステージからは何発もの花火が一気にスパーク!それに驚いている暇もなく、ステージの上には雄々と立ちはだかるYUKIの姿が。会場から湧き上がる、悲鳴にも似た歓声を直立不動で浴び、アカペラで歌い出したのは<世界中でただひとり 君はだれにも似てない 大きく見せなくてもいいんだ ありのままでいいさ OH! everyday&everywhere Hello!>という、『megaphonic』でも一曲目を飾っている“Hello!”からの一節。そのまま流れこむようにして“JOY”のイントロが流れだし、その日のショーはスタートした。

見どころ満載なこのツアーだったのだが、その中でもYUKIがギターをかき鳴らしながら歌う“Wild Ladies”は、ファンにとっては堪らない一曲だった。会場に集まった観客たちと「Wild Ladies!」「Wild Mens!」とコールアンドレスポンスを交わし、ジャカジャーン!とギターを一鳴らし。そして「2011年、私はもう自分に限界を作るのをやめました!だから今日はギターを弾いて歌います。今、格好良い声を聞かせてくれた“Wild Mens”たちは、この曲を聴いて“Wild Ladies”の口説き方を勉強して頂戴。オーケー?」と語り、始まったその一曲は大きな会場にとてもマッチしていて、最高に気持が良かった。やっぱりYUKIは大きな場所で歌うべきアーティストなんだよなと、そのときひっそりと思った。

その後一旦YUKIは姿を消し、ステージに設置された巨大スクリーンに『megaphonic』のアートワークの中にもあった高原のなかに佇むYUKIの映像が流された。幻想的なオーラを放つその映像は<柔らかい心と体><たゆたう感じ><SUPER ELASTIC><いつも新しい自分で>といったワードが散りばめられていた。どれも<今>を生きるために欠かせないものばかりだ。そして、わたしが持っていないものばかりだった。

その後衣装を変えたYUKIはアルバム『megaphonic』の中から“ひみつ”“2人のストーリー”“笑いとばせ”の三曲をエモーショナルに聴かせてくれ、“ハローグッバイ”“Hello!”とどんどんハッピーな展開に。

“クライマー・クライマー”“ランデヴー”といったアップチューンを畳み掛けるように披露したあと、“揺れるスカート”ではステージ上空に巨大なミラーボールが姿を現し、YUKI、踊る。観客も、踊る。会場は一気にダンスフロアと化し、ボルテージは一気に最高潮に。そして「YUKIのWAGONに乗ってく?」といったお決まりのセリフに、上がりきったはずのボルテージはさらにせり上がる。“WAGON”ではピンクとゴールドの銀テープが大噴射。そこには<今日は最高の時間を、どうもありがとう。瞬間を食べて、生きていこう>という手書きのメッセージが記されていた。

「人は人に愛されて、初めて強くなろうって思えて、初めて優しくなろうって気付いて、そしてそうすることで自分が持っている愛を、人に与えることが出来るようになるんだと気付きました」「わたしが歌を歌うには、聴いてくれる人が必要で、みんながいるから、わたしは今こうしてステージに立つことが出来ています。わたしにはみんなが必要です!」と語り、始められた本編ラストの曲、“相思相愛”。身体から湧き出る想いをそのまま声に乗せ、「相思相愛とは、君が!あなたが!彼が!彼女が!わたしを必要として!必要とされていることを知って!愛していくことなんだ!」「わたしにはあなた達が必要です!」と全身を使って叫び、心の底からの声で<そう思うだろう?>と歌い上げ、もう一度大きな声で「わたしにはみんなが必要です!」と叫び、YUKIはステージの上を去った。パフォーマンスだとか、そんなものを一切度外視した、ありのままそのままの剥き出しの感情を投げ込まれたような気がして、震えが止まらなかった。

会場中から沸き上がる<♪Joy to the world The Lord is come.Yeah>といった暖かい大合唱に呼び寄せられてステージの上には再びYUKIの姿が。満面の笑みを見せながら「今がいつだって最高なんだぜ、ベイビー!」と叫び、それに応えるように湧き上がる大歓声。わたしはこの、YUKIのライブのアンコールの時に流れるゆったりとした幸福感が大好きだ。

アンコールでは、2012年にソロ10周年を迎えるにあたってシングルベストが発売されること(2月1日にリリースされました。『joy』期からのポップネスの大爆発は必聴!)、5月6日にはソロになって初となる東京ドーム公演を行うことが発表された。そしてそのベストにも収録される新曲、“世界はただ、輝いて”が披露された。これまでの楽曲のタイトルを詞の随所に散りばめるという趣向が凝らされたものだとMCで語られ、耳かっぽじって聴くつもりだったのだけど、イントロが流れだした途端なぜだか涙が止まらなくなってしまって、歌詞に集中することが出来ずただただ音に感情を揺さぶられ続けてしまった。

ラストはアルバムの中でも最後を飾っている“集まろう for tomorrow”で、ピースフルに大団円を迎えた。全ての曲を終えた彼女はバンドメンバー達と手を繋ぎ、マイクを通さずに「YUKI tour “MEGAPHONIC”2011、集まってくれたみなさん、今日はどうも本当に、ありがとうございました!」と叫び、最後まで笑顔で、少し名残惜しそうにしながら、ステージを去った。

 

その日の帰り道、わたしは夜行バスの中で何も考えずにただただ眠って過ごした。たまたま疲れていただけかもしれない。でも、あの日を境にしてわたしは、過去を思い出す行為に以前までのような魅力を見出せなくなっていた。

どうして自分があんなに昔に想いを馳せたがっていたのか。ただ単に過去が恋しかったのかと思ってみたけど、冷静に考えてみても、わたしには戻りたい過去なんてひとつもない。多分、なにが起こるか分からない<今>から逃げ出したかったのだろう。見えない未来に繋がっている<今>が怖くて、仕方がなかったのかもしれない。でも今のわたしはもう大丈夫、何を手に入れるべきなのかをちゃんと教えてもらった。

 

どんな衝撃にも耐えられる、柔らかい心と体

 

これさえあれば、もう何も怖くない。あとは今を見つめて生きてゆくだけ。いつだってそのときを、今を懸命に生きていれば、<過去>は<今>に形を変えて、ちゃんと自分についてくる。“世界はただ、輝いて”に付けられた歌詞たちが、そのことを証明してくれている。

後ろばかり見ていては、せっかくの今を見逃してしまう。しっかり今を見つめて生きてゆこう、いつだって今が最高なのだから。

 

 

おかやま・よしの●1992年1月3日生まれ、大阪府出身。大学入学時に上京を夢見るも、一浪の後、地元・大阪の大学に通う現役大学生。中学生の頃、JUDY AND MARYの音楽とYUKIに出会い、それをきっかけに音楽の虜に。その他好きなバンドは、スーパーカー、ナンバーガール、発育ステータス。上記バンドの情報収集のため古本屋で音楽雑誌を買い漁るうち、音楽雑誌の<その時その時代の良い音楽>が凝縮されている姿に惹かれ始め、いつか自分も伝える側になりたいと思い始める。座右の銘は「思い立ったが吉日」。