幼少の頃、虚弱で喘息体質の私はよく発作を起こしつつ、

母方の祖父母の家がありました岡山での鐘楼、

すすきは写真では残っていたりしますが、

自分の記憶の中では幻像のように、想えることがあります。

旅行とは、そもそも、「記録」として多くの写真をおさめることが全てではなく、

記憶の中で経年変化してゆくことでその街に自分なりに名前を付けていける

――そういう意味がある気が致します。

“街の、灯。” 町の明かりでもなく、待ちの星でもなく。

圧縮された言葉にイメージの奔流はそれぞれ尽きないでしょう。

 

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私は、2011年3月11日の東日本大震災のとき、京都に居まして、

まったく当事者ではなく、

ただ、一週間ほど、ほぼ不眠不休であまたの映像と安否確認に暮れました。

それでも、そこから変わったものがあります。

はからずも、ここYUMECO RECORDSさまで最初に寄稿させて戴きました

くるりの記事(http://www.yumeco-records.com/archives/763)がUPされましたのは、

2012年3月11日です。

そして、震災から二年半を越え、

まだ消息が分からない知己や喪った方々への想いを背負いながら、

私はきっと後悔ともどかしさの中で、働き、動いていたのかもしれません。

 

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このわずか一年、12回の連載を通じまして、

届けたかったのは実は世界の広さと、その宿る風土もありますが、

ミクロな個々の持っております可能性や想像力の枝葉への確認作業でもありました。

海外に縁がないとしましても、旅行が嫌いだとしましても、

元、在った場所が“なくなる”、

そこから移る中で感じてきたものは少なくない人が持っていると思います。

最後は、そこに還るのか、戻るのか、というのではなく、

どこの街にも寡黙に人たちは経験(敬虔)を重ね、日常を生き、たしかな実存をそこに残します。

白か黒か、言い切った方が勝ち、

というような世の流れは多くの人たちが「思考すること」に疲れている証左ともいえ、

しかし、たとえ、勝っても負けたとしましても、

目の前に現実がある限り、それはもはや私にとってはどんな形にしましても、

掛け替えのない景色です。

アジア圏域の新興国のプロジェクトに関わることもあり、

2013年はよく日本と異地を往来し、その過程で他愛のない想い出記のように、

言葉をこうして綴ってきました。

直感のようで、タイトルを「街の灯」にして良かったな、というエピソードを最後に記し、

一旦の区切りにしたいと思います。

 

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私事ですが、30代半ばの知識職(こういう区切りも苦手ですが。)は端境期にあります。

個的な感慨に依りますと、ポスドク問題のみならず、

過労、不安定な雇用体系の際どい場所に立つ年齢であるからです。

大学院を出ていましても、博士号を持っていましても、生活さえしていけない、

そういうニュースは聞いたことがあるでしょうし、

そういった悲惨な現状を近くで観てきたのもあり、

私はあえて詳述しませんが、他人事であるわけもなく、

20代が寄り道ばかりでふらふらとしていました分、

30代に入ってからの加速度と繋がりに掬い上げられた結果、

ここにあるのは、自身の努力だけじゃなく、

いつかにあれこれこちらが何かと難渋ごとを抱えていましたとき、

くるりの岸田繁さんから戴きました

「心はともにありますから」

というメールの言葉だったとしましたならば、

あまたの薫陶を受けました京都から遠心力を持ちまして、

「生きないと。」と思ったことが強くあります。

 

絶望の果てに 希望を見つけたろう

同じ望みならここでかなえよう

僕はここにいる 心は消さない

(「ワールズエンド・スーパーノヴァ」)

 

 

 

 

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明かない夜のビールの苦みに飽きましたら、ウーロン茶で。

尽きない旅行に疲れたら、近くの惣菜屋で。

飛行機や電車もいいですけれど、徒歩でふと花が確認できまして、

どこかからシチューやカレー、おでんなどの香りがしてきて、

パッとキッチンの灯がともる

――それは、もうどんな場所にありましても、私にとりまして、

大切な、他に、なにも要らないと思えるくらい美しいもので、ずっと変わらないでしょう。

 

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新幹線で時間を忘れてしまうような日々、

たまに会う気の置けない知己との話、

空港までの電車内で増えてゆくキャリーケースを持った人たち、

朝起きて、寝ぼけつつも確認するメール、

四季折々に重ねる花、悲しい涙とうれし涙、

ほんのささやかな出会いから広がる明日、今日のあれこれ。

結局は、知っていることよりも知らないことばかりで、

また、どこかからの便りで気付かされることばかりで、

一人ではなにもできないな、と思う日々ばかりで、

だからこそ、一時、一字、忘れないようにいたく、決めています。

最高の日々によせて。

同時代を生きている人たちが様々な感情と辛苦を持って過ごしている、

日常が健やかでありますように、せめて心から。

 

この原稿は、誰のものでもなく、

多くの街に生きる人たちのいまだ知らない感覚の中に捧げたいと思います。

御愛顧有難うございました。

 

 

今日も晴れ。

ただ暮れてゆく陽に…。

最近、偶然見る街の灯に…。

何でんない、ただ昇りゆく陽に…。

最低の日々は、僕の色に変わる。

(「街の灯」、中村一義)

 

 

 

 

 

 

 

 

まつうら・さとる◆1979年生、回流するように元ある場所に戻ってゆくような来年になりそうです。2013年は悪戦苦闘の日々ながらも、助けられた人たちは数知れません。若い人たちに何らかの希望的な何かを教えていけるような身になるために少しずつ歩んでいこうと思います。この連載を提案して戴きました上野さま初め、御愛読戴きました方々には尽くせぬ感謝を。終わるものばかりでも、始まりゆくものに味方側でいたいと思います。Everything in Its Right Place.