「月刊ピアノ」2月号で川嶋あいさんにデビュー10周年を振り返ってもらうというインタヴューをさせてもらった。中でも彼女らしいなと思ったエピソードがあった。あいのりの主題歌としてデビュー出来ることが決まった当時、彼女は路上ライヴを1000回やるという目標を掲げており、それがまだ成し遂げられていなかった。その目標を達成できないまま、川嶋あいとしてデビューするのは嫌だと思ったという。「まず、やることをやってからデビューしたいという気持ちがあったので、だったら川嶋あいとしてではなく、ユニットを結成してI WiSHとしてデビューすることに決めたんです」と。すごい根性というか一本気だよな、と思った。そして、男性キーボディストであるnaoと共に、ユニットとしてまずはデビューした。

2003年2月14日のことである。I WiSHとはそもそも、そんな始まりだったのである。

I WiSHとしてデビューして、ちょうど10年。2013年2月14日。Zepp Tokyoに川嶋あいのライヴを観に行った。I WiSH時代の曲も川嶋あいとしての曲も交えてのセットリスト。ここ数年ハマッているというマラソンの効果なのか、余裕のあるステージングでどの曲もパワフルに伸びやかな声で情感豊かに歌いあげていく。そしてアンコールになり、「今日はみなさんにお伝えしなきゃいけないことがあります」と告げた。

川嶋あいは、デビュー前に、自分と同じように歌手を志した、同じ歳の女の子と知り合った。成城に住んでいて顔もお人形みたいに可愛らしくて、ちょっと羨ましくもあり、ライバルみたいに思いながらも、とても仲良くなったという。川嶋のほうが先にデビューしたが、同じレーベルからその女の子もデビューし、互いに刺激し合ってきた大切な友達だった。

「縁とは不思議なもので」――その女の子はやがて、I WiSHのnaoと結婚し、子供が生まれた。しかし病気になり、2011年、25歳の若さで亡くなってしまった。結婚式の時、細い体で彼女は川嶋を抱きしめ、耳元で「ありがとう」と言ったという。それがとても嬉しかったのに、川嶋はその時、何て言葉を返したのか……覚えていなくて、それがとても悔しいと。だから、周りにいる大切な人には、いつも「ありがとう」ってちゃんと伝えなきゃいけない。このことを、みんなにもっと早く伝えなきゃいけなかったのかもしれないけど、どうしても気持ちの整理がつかなかったと。

「ありがとうの気持ちを込めて歌います」と、亡くなった彼女の名前の頭文字がタイトルにつけられた「T」という曲を、この日の最後に演奏した。愛する妻を亡くしたnaoがキーボードを弾き、川嶋が歌う。それは、この二人にしか伝えられない、この二人にしか鳴らせない音楽だった。I WiSHの始まりから10年。デビューの時にはなかった、人と人としての繋がりと大きな想いが、この日、確かな歌になって、そこに溢れていた。

幼い頃に母親と死別し、歌手になる夢を後押ししてくれた養母を16歳の時になくし、いつも孤独の中で音楽を頼りに、そして周りの人の想いまで背負うようにして歌の道を選んできた川嶋あい。彼女の歌に触れることは、彼女の人生そのもの、宿命のような凄味に触れることだなとライヴに行く度に思う。10年という区切りに、「また歌が歌いたい」と願っていた大切な友人のぶんまで、歌の道をこれからも力強く歩き続ける。そのために、川嶋あいはこの日、こんな告白をしたんだと思う。

どんなことがあっても、ひとつのことに真っ直ぐに突き進む。
川嶋あいさんの強い瞳と柔らかなメロディが、私は好きなんだ。

(上野三樹)